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二つの川が出会い、合流する時。水と水はせめぎ合い、抵抗し、受け入れ、溶け合い、一つの流れになっていく。異なる速さ、激しさに土壌はかき乱される。水質は濁ることも、浄化されることもある。その水が、愛であったならどうか。
「愛は、絶えざる流れ」
ジーナ・ローランズにそんな言葉を口にさせた『ラヴ・ストリームス』(1984)は、ジョン・カサヴェテス(1929〜1989)最晩年の集大成的作品だ。人生という大河において逃れられない愛の奔流を、愛に惑う姉弟の在りようを通じて浮き彫りにした。

(楡 美砂)

枯渇した愛。ロバートの後ろ向きなアプローチ

株式会社アイ・ヴィー・シー
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『ラヴ・ストリームス』は、カサヴェテスのフィルモグラフィーの中では比較的落ち着いたトーンで展開される作品だ。愛の流れをまなざすように、各々の人生、他者との交感を丁寧にたどっていく。『こわれゆく女』(1974)『オープニング・ナイト』(1977)などでジーナ・ローランズが見せてきた過敏で繊細すぎるがゆえに狂気に見舞われる女性。本作はその流れを受け継ぎつつ、神経衰弱寸前の人間の切実さ、不可思議さ、おかしみを大河のような雄大なスケールで描いている。
もちろんカサヴェテスならではの即興が随所に見られ、全編に躍動を生んでいる。ロバートとスーザンの揉み合い、アルビーを車で追うロバート、ボウリング場でサラの指が抜けなくなるシーン、サラが家族を笑わせようとするシーン——あまりに生々しい役者たち立ち居振る舞いは複雑怪奇とも言えて、全く先が読めない。カサヴェテスは、役者独自の感性から生まれる言動、ひらめきを常に重要視した。

私は自発的なものに多大な信頼を置いている。およそ計画ってものほど破壊的なものは世の中にはないよ。段取りを決めておくと人間の自然な魂の発露が失われてしまう
(『Coyote No.50  カサヴェテスへの旅』2013年 スイッチパブリッシング、以下同)

物語は、脚本家ロバート(ジョン・カサヴェテス)と娘の養育権をめぐって離婚調停中のサラ(ジーナ・ローランズ)、二人の姉弟の日々と彼らが再会し、重なり合う時間をたどっていく。
女性たちと共同生活をするロバートは、愛に前向きになることができない男だ。それでも孤独な暮らしは好まず、いつも女性を求める。彼は秘密に惹かれている。

ロバートの邸宅にたむろする若い女性たちと対話する冒頭のシーン。ロバートはある女性に人生の秘密を問うが、女性は曖昧にして答えない。喜びについて聞かれ、女性は「料理」と答えるが、ロバートはその答えに驚き「Cocking!」と声を上げる。それから、女性が「夢を見ること」と口にし、ロバートが「どんな夢」と問いかけた直後、カットされる。

ロバートは人に愛される。それは彼の紳士的ふるまいやアウトサイダー的魅力、脚本家という権威性も入り口にあるが、おそらく人間としての弱さ、滑稽さが垣間見えた時、相手の心をわし掴みにする。しかし、彼は愛が深まろうとする時、ロバートはその先に進むことができなくなる。

ナイトクラブで出会った美しい歌手スーザンに惹かれているロバート。強引に彼女の車に乗り込み、家まで付いていく。拒絶するスーザンを追うが、酔っ払って足がよろめき玄関前の階段で転がり落ちる。スーザンは呆れたようにその姿を見つめ、諦めたように家に入れて家族ぐるみで介抱する。スーザンは次第に心を開き、のちにロバートの邸宅を訪問する。体を張るほどのアプローチをした女性だったが、接近されると、ロバートは相手を懐に入れることができない。

過去に別れた妻から頼まれ預かることになった息子アルビーにも、ロバートは距離感をつかみかねている。酒やタバコなど彼流のコミュニケーションで打ち解けていくものの、旅先のホテルで「ママに会いたい」と泣き始めるアルビーに「それはやめろ」と制する。およそ、愛の湿度が上がった途端に相手から離れるようなところがある。息子から発せられる「愛してる」という言葉も受け取ることができない。

激流のような愛。サラというゴージャスな大器

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「ジーナは奇跡だ」
ジーナ・ローランズにカサヴェテスが向けた言葉だ。女優で妻であるジーナ・ローランズを、彼は幾度も称賛し、賛美してきた。
一歩誤れば狂気に触れそうな、野生的なまなざし。突発的な情動。実際に、あれほどの存在感、輝きを放ちながら、躍動感、ユーモアがあり、かつ繊細で、髪の先まで神経の通ったかのような演技をする女優は、そうそう目にできない。いつ見てもほれぼれする。

サラは、夫と離婚調停を勧めるさなか、一緒に暮らしていくはずだった娘からも別れを告げられる。
家族3人の姿を見ていて感じるのは、彼らが実にアンバランスということだ。サラはあまりに器が大きい。周囲と調和していない。それはしばしば「過剰さ」として現れる。さまざまな描写がある。

旅行をすすめられ、パリへ向かったサラ。しかし旅の様子は描かれず、帰途につくシーンに飛ぶ。
山積みにされた荷物、大柄ながら軽やかなハイヒールの足取り。
大量の荷物を運ぶことができず、近くにいた警備員に手伝わせようとするサラ。無機質で長い通路が続く地下空間を、彼女はハイヒールで駆けて警備員に話しかける。警備員は断ろうとするが、サラが金の話を始めた瞬間、態度を変え、歩き始める。しかし、互いに異なる言語を発する二人の会話は一方通行で噛み合わない。それでも留まることなく、シャワーのように言葉を浴びせ続ける。俯瞰のショットから展開され、どこか舞台上に立つサラという人物を眺め、観察しているような心地にさせられる。

幾度か現れる幻覚は、サラの恐怖、願望という深層心理が如実に現れ出ている。
パリから帰る際に家族へ電話し、夫から「どうでもいい」と返された瞬間。サラの脳裏を襲う幻覚。彼女は車を運転し、夫と娘を轢き殺してしまう。コントロールしきれぬ愛の暴走。

サラのヘアスタイルにも触れておきたい。彼女のボリュームある髪は、家族といる間は後ろでハーフアップにされているが、ある時を境にほどかれる。娘に別れを告げられ倒れたサラが主治医と対話するシーンだ。彼女の髪は左右に大きく広がっている。その後、一人でいる時もロバートといる時も髪を束ねることはない。ジーナ・ローランズお決まりのスタイルで当然とも言えるが、サラという存在にとてもよく似合っており、彼女のスケールの大きさを示すようだ。存在がゴージャスで、スケールが大きすぎる。彼女のカラフルな洋服、ハイヒールも、彼女から澱みなくあふれる熱情を表すようだ。それは時に、本人も抗えない激流を巻き起こし、周囲には負担としてのしかかかる。

サラとロバートの再会。姉弟を超越した愛の交感

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本編が開始して57分。サラとロバートが再会する。束の間、永遠のような瞬間が流れる。この上なくやわらかいサラの表情。ロバートは動きを止め、姉と固い抱擁を交わす。長年生き別れていた最愛の人と巡り会ったかのように。あまりにまばゆいシーン。その時、ロバートの中で愛が湧きいでたことは明らかだ。熱に浮かされたように呆然とし、喜びを噛み締めている。

「相変わらずイカレてる。愛してるよ」

二人は人前で互いを「姉」とも「弟」とも呼ばない。そこには、誰にも二人の関係に立ち入らせまいとする意思が感じ取れる。
ロバートが家に住まわせる女性たちとの接し方とは明らかに異なる。深い事情は聞かず、自然な成り行きでロバートはサラを邸宅に住まわせる。

息子を連れたラスベガスの旅の終わりに、元妻の夫からケガを負わされたロバート。消耗した姿で帰宅し、ジュークボックスで音楽をかける。様子を窺っていたサラを招き、二人は手を取り合い、音楽の揺れに身を浸す。何があったかは聞かないし、話さない。けれど二人は同じ流れの中にいる。

個々人が生み出す愛の流れ。その繊細な轟きを享受するには、本編で幾度か言及される「秘密」に、鍵があると言えるのかもしれない。
カサヴェテスはジーナ・ローランズとの関係についてこんなふうに語っている。

ジーナと私はお互いに一割ほど憎み合っている。相手について分かっていないことが三割はある。そして愛し合っている部分と言えば、まあ二割(笑)

創造的なこととは?方角を異にする愛の氾濫

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二人の放つ愛は心地よく共振している。けれど、関心の方向性は異なる。
「創造性って何?」サラは問う。
「料理は芸術かしら?」と言うサラにロバートは肯定的な返事をせず、「詩を書いたら」と提案する。この料理への言及は、冒頭で女性が挙げた「料理」と響き合うものと思われる。ロバートの関心が向かうところは「秘密」であり、料理はその深淵さに応えないと感じているのかもしれない。カサヴェテスが男女間の認識の差を強調しようとした可能性も考えられる。

こうした実生活でしばしば見られる価値観の相違、噛み合わなさは実にリアルだ。そのズレは、悲哀を超越して笑いすら連れてくる。ミニチュア・ホース、ヤギ、鶏、インコ、アヒルなど、サラが大量の動物たちを爆買いしてくるシーンは極め付けと言えるだろう。
「動物園で暮らすのよ」。脱力し、落胆するロバート。

愛の注ぎ方が真逆のような二人。動物たちに囲まれ、嵐に見舞われる混沌とした空間で、二人の愛は感化し合い、氾濫する。サラの出現によって湧き上がったロバートの愛は、彼に新たな境地を見せていた。

本作の原作となったテッド・アランの戯曲『君がレモンを切るのを見ている』では、如実に近親相姦の要素が含まれていたという。
終盤のロバートがサラの夫に激昂するシーンや、病に伏したリサを診療する医者を乱暴に追い返すシーンは、ロバートの姉への熱情が現れていると言っていい。「動物の世話も全部する」「姉さんだけを愛してる」と伝えるロバート。けれど、病床でうなされて見た夢にすっかり満たされ、再び愛の激流が沸き起こったサラを誰も止めることはできない。

サラ姉さんは、ロバートにとって永遠の神秘と呼べる存在なのだろう。一人残された邸宅の中で、嵐の中去っていく姉の姿を見送る。激しい雨が打ち付け、窓越しにサラの顔を流れる。二人はまた、各々の流れに身を投じることになるのだが、ラストシーン、サラから湧き続けた過剰な愛に異変が生じた気がした。車に載りきらない大量の荷物に、サラはこう言い放つ。
「じゃ捨てて」

出典・参考文献
『ラヴ・ストリームス』ジョン・カサヴェテス ブックレット 遠山純生、篠崎誠 2022年 株式会社アイ・ヴィー・シー
『Coyote No.50  カサヴェテスへの旅』2013年 スイッチパブリッシング

あらすじ
流行作家のロバート(ジョン・カサヴェテス)はハリウッド郊外にある自宅で、秘書や若い女性ファンたちとの生活を送っていた。彼は新作の取材で行ったナイトクラブの歌手、スーザン(ダイアン・アボット)に惹かれていた。ロバートの姉サラ(ジーナ・ローランズ)は、夫ジャック(シーモア・カッセル)との15年の結婚生活に終止符を打つべく、1人娘の養育権をめぐって協議を重ねていた。繊細さかつ激情的な気性に精神バランスがとれず、何度も入院を繰り返すサラ。医者の勧めで旅行をしても気が晴れない彼女は、久しぶりに弟ロバートを訪ねる…。

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¥5,800(税抜)

スタッフ・キャスト・作品情報

監督・脚本:ジョン・カサヴェテス
原作・共同脚本:テッド・アレン
製作:メナヘム・ゴーラン、ヨーラム・グローバス 撮影:アル・ルーバン
編集:ジョージ・ヴィラセノール 音楽:ボー・ハーウッド
出演:ジーナ・ローランズ、ジョン・カサヴェテス、ダイアン・アボット、ジェイコブ・ショウ、シーモア・カッセル、マーガレット・アボット、ミシェル・コンウェイ
1984年/アメリカ/141分/カラー/英語/二層/16:9ビスタ
受賞歴:1984年ベルリン国際映画祭金熊賞、国際批評家連盟賞受賞

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