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© 2023 Onwards & Upwards LLC Exclusively licensed to TAMT Co., Ltd. In Japan

手描きの鳥が、幾度も姿を現す。やわらかな飛翔は、天に口付けようとする音楽家の魂そのものなのだろう。類稀な音楽的才能を有しながら、1970年代アメリカで2枚のアルバムを発表したきり、わずか数年で音楽業界から姿を消したジュディ・シル(Judee Sill 1944〜1979)。彼女の波乱万丈な人生を追いかけ、その音楽的才能を掘り下げたドキュメンタリー映画『ジュディ・シル 贖罪のシンガーソングライター』(監督:ブライアン・リンドストローム、アンディ・ブラウン)が、2026年10月23日に公開された。
本人によるナレーションを軸に、9年かけて収集したという日記や楽譜、記事、アーカイブ映像、同時代のスターや近親者の証言などから、謎に包まれたアーティストの生きざまが明らかとなっていく。直筆のイラストを基にしたアニメーションが彩りを添え、観る者を彼女の内面世界へ誘う。

アーティストや一部のファンの間で伝説的な存在となったジュディ・シル。死後数十年の沈黙を経て2003年に作品が再発売され、その崇高な音楽性は再評価を受けていく。ジュディ・シルにとって、音楽は「神様から降りてくる」ものだった。時代に従属せず、天とのつながりを求め、信条を貫き続けた生粋のシンガーソングライターの世界を探求する。

(楡 美砂)

荒れた青春期。ソングライターを志し、天賦の才を発揮

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「どん底と至高が交わる」音楽。

ジュディ・シルは自らの楽曲についてこう語っている。ジュディの音楽を一度耳にすれば、その気高さ、研ぎ澄まされた輝きに心洗われる感覚となるだろう。しかし、神々しいほどの音楽は、必ずしも彼女の実生活の反映ではなかった。
ジュディは1944年、カリフォルニア州のスタジオ・シティで生まれる。幼少期から歌が得意で、3歳から父が経営するバーでピアノを弾いていた。7歳の時、最愛の父の死により彼女の生活は一変する。ロサンゼルスに移住。母の再婚相手から虐待を受け、酒と暴力が蔓延した家庭から逃げるように家出をする。窃盗、薬物、売春。悪事に対するタガの外れ方は、力ずくで命を覚醒させんとするかのような刹那性を感じさせる。どん底とも呼べる荒んだ青春期を送った彼女は、それゆえ至高を希求した。神を崇め、音楽に身を捧げることを誓う。兄の死はジュディに自らの使命を自覚させる契機となった。

「世界一のソングライターになる」

1963年、強盗罪で更生施設に入っていた19歳の時にバッハやゴスペル音楽に出会い、作曲を始める。それは彼女の音楽の基盤となった。ロサンゼルスでライブ活動を始める。当時から彼女のプレイ、ソングライティングはズバ抜けていたという。多くのアーティストと出会い、才能を発揮し、グラハム・ナッシュやデヴィッド・クロスビーのツアーでオープニング・アクトを務めるほどになっていく。彼女のソングライティングは評判を呼び、タートルズに楽曲提供が決まる。その楽曲「Lady-O」がデヴィッド・ゲフィンの目に留まり、1971年、名盤アサイラム・レコードの第一号アーティストとして、ジュディ・シルはファーストアルバム『Judee Sill』を発表し、華々しくデビューする。

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「Jesus Was a Cross Maker」『Judee Sill』より

デヴィッド・ゲフィン
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グラハム・ナッシュ
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低音から至高へ。神との交感から生まれた天空の音楽

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ミュージシャンのファンが多いジュディ・シル。本ドキュメンタリーはアーティストの半生をたどりつつ、その音楽に深いまなざしが注がれている。デヴィッド・クロスビー、ジャクソン・ブラウン、J.D.サウザー、グラハム・ナッシュ、リンダ・ロンシュタットなど、出演者たちはジュディとの思い出を振り返りつつ、一様にその音楽性を称賛する。

「宇宙的な音楽」とも形容されるジュディの音楽には、さまざまな特徴がある。宇宙の秩序が基となった「天球の音楽」ピタゴラス音楽や、豊かな和音と低音が重層的に響くリュートのコードが取り入れられ、楽曲の神秘性や奥行きにつながっている。ジュディは自身の音楽をバロック、宗教音楽、ウエスタン、ゴスペル、ブギ、ペンテコステの要素があると語り、ロックには「NO」と言い放つ。
また、大きな特徴の一つに低音がはっきりしていることが挙げられる。そして、効果的なシンコペーション。拍を浮上させ、浮遊感を与える。飛翔のリズムだ。ジュディは鍵盤やギターで演奏することが多いが、キャリア初期にウッドベースを習得している。「深く沈むほど高く飛べる」と語った彼女の思想は、そのまま音楽と深く結びついていた。

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「The Donor」『Heart Food』より

中でも深淵に潜った楽曲の一つが「The Donor」だろう。ジュディは本作を神様に「私たちを救って」という心地で作曲をしたと語る。救済を乞う言葉「Kyrie eleison」が繰り返される。ほとんど宗教音楽と呼べる本作を、ジュディは指揮棒を振るい、オーケストラを率いて制作した。
そして、天へと上るような「The Kiss」。テンションコードや代理コードがふんだんに取り入れられ、緊張感を保ったまま崇高な世界が広がっていく。「霧から現れる愛」と歌詞にあるように、霞がかった天空でジュディは神との交わりを、聖なるキスを求める。

「私は急かせても神は急かせない」

一才の妥協がない創造。本編では彼女の楽曲のカバーも見られるが、天地をつなぐ音楽は、根底に深い信仰を要する。たやすく歌いこなせるものではないと感じた。

「The Kiss」『Heart Food』より

ジュディの神秘的な音楽が、神話的世界に限らず実生活に根ざしていたことにも着目しておきたい。愛する男性の不器用さと気高さを歌った「Ridge Rider」。J.Dサウザーとの別れから生まれた代表曲「Jesus Was a Cross Maker」。神聖さと懐かしさが同居し、予測不能な展開を見せる「The Lamb Ran Away with the Crown」。楽曲が生まれた背景に触れながら、ジュディの音楽に身を浸せば、日常の折々に聖性が潜んでいることに気付かされるだろう。

「Ridge Rider」『Judee Sill』より

J.Dサウザー
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(右)リンダ・ロンシュタット
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そんなジュディの音楽は、同時代の音楽ファンたちにとって高尚で難解、とっつきづらい印象を与えたのかもしれない。時代はロック全盛期。セカンドアルバム『Heart Food』も業界内の評価は高かったものの、数字は振るわなかった。自身の音楽と方向性を異にするロックと同じ世界での活動。売れている若いロックバンドの前座を任されることが増え、ジュディは屈辱を覚えていた。自身の才能を知っていたからこそ、誇りが傷ついた。彼女は神に従順だが、短気で、野心家だった。

「全てを全力でやるわ 行けるところまで行く 一番になりたいのよ」

天空を目指して。神との交感が生んだ創造

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口周りの肌荒れ。斜に構えた話ぶり。飾り気がなく、たった今まで皮肉っぽい語りをしていた女性が、歌い出せば天使の声を放つ。歌声には深い知性と、敬虔な祈りがある。彼女は神とキスを交わすことを望む。「聖なる息」が私に触れることを。

「本当に幸せなのは 神との繋がりをはっきり感じる時」

神との官能的な関係。自暴自棄になりながらも、巫女的な器を保ちながら続けられた創造。それは、聖女が神と深く親密な交わりにとどまる観想を想起させる。
彼女は自身を「勇敢な異端の巡礼者」と呼んだ。ジュディは善人を目指したが、薬物はやめなかった。その効果すら創造のために欲した。天と地を結ぶ音楽と同様、ジュディの人間関係、人生も高低が激しいもので、人間関係において愛を探し求めても、神との交感に代わるものはなかったのかもしれない。

生に向かおうとしては薬物や事故に見舞われ、体は蝕まれていった。荒廃した日々の中で紡がれる神への言葉は壮絶だ。自らの毒、悪魔性を吐き出しながら祈りを捧げ、跪き続ける。最後のアルバム『Dreams Come True』では、ジュディは抱えられながらレコーディングした。しかし音楽の神がついているのか、ピアノを前にすれば最高の演奏を見せたという。

「Lopin’ Along Thru the Cosmos」『Judee Sill』より

ジュディは最高のソングライターになることを願った日、装飾をまとう巨大な鳥を描いた。それは、風変わりな天使のような彼女が目指した姿なのかもしれない。
本編で繰り返し流れる「Lopin’ Along Thru the Cosmos」に、「飛び方を忘れそうになる」という歌詞がある。「空に漂っていたかった この曲みたいに」と語るジュディ。きっと、彼女の魂は長らく天空を舞っていたのだろう。

ブライアン・リンドストローム監督、アンディ・ブラウン監督のステートメントにおいて、「泥の中から蓮が育つ」がジュディの口癖だったと書かれている。仏教思想にも通じるこの言葉は、地底から天に至る彼女の音楽と結びつき、宗派を問わず聴く者の霊性に働きかける可能性を伝えている。
短い活動期間に天賦の才を発揮したジュディ・シル。その生きざまをみつめながら、数十年の時を経て燦然と輝き続ける音楽を、魂が感じるままに受け取ってほしい。

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関連記事: ジュディ・シル「The Kiss」高く高く手を伸ばし、神の気に触れる

作品情報

『ジュディ・シル 贖罪のシンガーソングライター』
公式Webサイト: https://www.du-cinema.com/judee-sill
2026年10月23日(金)アップリンク吉祥寺、10月30日(金)YEBISU GARDEN CINEMA、ほか全国順次公開

1970年代。アメリカのフォーク・ロック界のアイコンとして、アルバム「ジュディ・シル」で一挙にスターダムにのし上がったジュディ・シル。しかし彼女は、わずか数年で音楽業界から姿を消す…。満島ひかり、夏帆、マヤ・ホーク、グレタ・ガーウィグ――時代も国境も越えて、ジュディの音楽は今も人々を魅了し続けている。波乱万丈な彼女の人生と傑出した音楽的才能を、多種多様なアーカイブ資料で丁寧に掬い上げた音楽ドキュメンタリー。

スタッフ・キャスト

監督:ブライアン・リンドストローム、アンディ・ブラウン
出演:リンダ・ロンシュタット / グラハム・ナッシュ / ジャクソン・ブラウン / デヴィッド・クロスビー / J.D.サウザー / ラス・ギグアー(アソシエイション) / ショーン・コルヴィン / フリート・フォクシーズ / ナタリー・メーリング(ワイズ・ブラッド) / ビッグ・シーフ / デヴィッド・ゲフィン 他
原題:Lost Angel:Genius of Judee Sill/2022年/アメリカ/英語/91分/カラー/字幕:山口三平 © 2023 Onwards & Upwards LLC Exclusively licensed to TAMT Co., Ltd. In Japan 配給:ディスクユニオン/劇場営業:トリプルアップ

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