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「死んだ妻が掃除機の姿で帰ってきた」という前代未聞の設定で、全く先の読めないユニークな物語を展開するタイの新鋭監督ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク(1987〜)の長編デビュー作『ユースフル・ゴースト』。コミカルながら痛烈な社会風刺を含む本作は、第78回カンヌ国際映画祭批評家週間グランプリを受賞、第98回アカデミー賞国際長編映画賞タイ代表作品として選出され、国際的に高い評価を得ている。日本では7月10日に公開。初日のトークショーで監督が語った言葉をまじえながら、愛と有用性、タイ社会におけるマイノリティの存在、記憶の継承——作品から浮かび上がる視点に迫りたい。

(楡 美砂)

「映画はつくりもの」作品の中で完結する独自の宇宙

© 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.

「掃除機に幽霊が取り憑く」。本作のやや強引な設定は観客に動揺を与えつつも、早い段階から想像力のリミッターを取っ払い、作品の世界を拡張させていく。自由な世界観を後押しする仕掛けが随所に散らされ、観客は気づけば本作の不可思議な空気に身を委ねている。花柄のカーテン、キッチュな寝具、時代感覚のないパソコンや電話、生き物のように動く家電、乙女チックなゲイ男性と謎の訪問者——色とりどりのモティーフに富んだ、どこか異質な世界の作り込みは、「映画はつくりものである」というブンバンチャーチョーク監督の考えがある。

「作品全体の宇宙が映画の中だけで完結するようにしたいと思っていて、それが現実につながることをあまり意識させないようにしています」

霊が取り憑き、咳をする空気清浄機
© 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.
死んだ妻ナットが着る大きな肩パッドの入った青いスーツ。「霊は場違いな存在」
© 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.
人の記憶を消すために電気ショックを与える「超現実的」な部屋

おじぎしたような姿で移動する、感情を持つかのような赤い掃除機。ナットが着る肩パッドの入った青いスーツも象徴的だ。監督は「霊は場違いな存在」であることを表現しようとしたという。電気ショックを与え、人の記憶を消そうとする宇宙的な空間も、「超現実的で異世界めいたデザインが独特の雰囲気を映画にもたらしてくれたので、とても気に入っている」そうだ。

本作は冒頭に出会う男性二人と、彼らが語る霊と人間の物語を行き来する入れ子構造になっている。登場人物が多く、その後長らく男性二人のシーンに戻ってこないし、スムーズな展開とは言えないのだが、ガタつきながらもかろうじて、あるいは強引に物語を推進していく力加減は絶妙で、監督が志向する「つくりもの」感も上手く表れている。全編に響いているガタつき、カオスな空気に、俳優たちの間をとらえた繊細な演技が加わり、一見荒唐無稽な世界がシリアスに見えていくのが面白い。

© 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.

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死が二人を分かつことのない愛。生死の境とは

© 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.

本作は、タイでは誰もが知る怪談「メー・ナーク・プラカノーン」(死後も現世にとどまり、夫と禁断の愛を深めていった⼥性“メー・ナーク”にまつわる物語)に着想を得ている。
亡くなった妻ナット(ダビカ・ホーン)が掃除機として戻ってきた時、夫マーチ(ウィットサルート・ヒンマラート)は心から喜ぶ。周囲の親族は霊を嫌い成仏を促すが、ナットが生きる人々を苦境から助け始めると、長らく抵抗していた親族もナットの存在を受け入れ始める。初めにナットの存在を受け止めたのはポール博士だ。その理由は、ナットが優しく、「役に立つ(useful)」から。

「逆恨みをせず、早く生まれ変わりなさい」
度々工場に現れ作業の邪魔をする霊トックに対し、マーチの母スマーンがこう言い放つ。

「人間は幽霊と一緒にはなれないわ」
霊ナットと共に暮らそうとするマーチに、親族たちは説得しようとする。

一見、霊に対して当然の語りかけのようにも思える。しかし死に抵抗し、生きる人間と同様に権利を得て、愛する人と共に生きようと望む霊体ナット。

「体の寿命は尽きたとしても、愛は終わっていません」
電気でなく、愛の力で動く掃除機ナットは語る。

本作を観ていると「死」の概念が崩壊していく感覚を覚えた。日常の中に霊がいて、実体が生まれ、会話もできる。けれど、生きる人間としての権利はない。果たして、愛する人を亡くした時、人々は永続的に続く霊との関係を喜び、望むのだろうか。そして、その時「死」は、生ける人にとってどのような意味を持つのか。

「マムアンちゃん」で知られるタイの人気漫画家、アーティスト「タムくん」こと
ウィスット・ポンニミットが本作に寄せたイラスト

粉じん被害。「いるような、いないような」マイノリティへのまなざし

© 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.

工業化、再開発などで大気汚染が進み、タイで深刻化する粉じん被害。空に舞う埃は、「人間未満の存在」とされ、社会の周縁へ追いやられた存在の象徴でもある。ゲイ、工場の安全検査をする小人症の男性など、本作では社会的にマイノリティとされる人々が多く出演している。

「エキストラのキャスティングではマイノリティの人たちが多く、たくさん出演していただきました。例えば、小人症の人、車椅子に乗った人、ムスリムの女性などです。そんな人たちが権力側の持つメカニズムの中でどんなふうに働くかを、この作品で示したいと思いました」

マイノリティな人々は「いるような、いないような」存在だと監督は語った。そんな人々が、社会に入り込んで行こうとすると交換条件が必要になる。その交換条件が、「タイ社会にとって利益をもたらす」ことだという。本作では、ナットがポール博士の不調を助けたことが当てはまるだろう。以降、ナットは並の人間以上に重宝される霊となっていく。

© 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.
ポール博士の目のゴミを吸い取ってあげるナット

ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク監督(右)

「私は中華系の家系ですが、祖父が1949年頃にタイ社会に来て、当時はまだ国民の身分証を与えられておらず毎日警察にお金をむしり取られるという経験がありました。これが私の世代になると、中華系の人たちが社会において中産階級まで上ってきて、それなりに経済的にも余裕があり、同時にすごく保守的な存在になってきていると感じます。そうして権力の側に近づいている中華系の人たちがどんどん増えたことで、今度はかつての自分たちと同じようだった、例えばミャンマーからの労働者たちを差別することが起こっていて、自分たちがかつて周縁にいたことを利用して権力の側に入り、ほかの小さな人たちのチャンスを広げてあげることはせず、代わりに抑圧するようになってくるわけです。こうした状況は、タイ社会におけるLGBTQの人たちとほとんど同じだと思っていて、LGBTQの人たちが社会において権力を持つと、自分たちのかつて持っていた周縁性を制度を広げるために使うのではなく、むしろもっと小さな人たちを抑圧するために使っている。そんな状況があると思っています。こうしたタイ社会の構造は、小さく弱い人たちを自分たちの道具にするのがすごく得意なんだと考えています」

権力とマイノリティ。相対する両者だが、いつしかマイノリティが権力に取り込まれ、同化していく時、人はかつての自分を救うのでなく、権力を振るう側に立つ恐ろしさを秘めている。本作は、それが霊にさえ当てはまることを示唆する。中盤までマーチとナットの純愛物語に見えなくもない本作だが、ナットが「役に立つ」幽霊として称えられ、権力側に迎え入れられていく過程で、関係性は奇妙な色を帯びていく。マーチとナットの間には再会時の情熱は薄れ、生まれていく距離。咳をするマーチ。有用性が増すほど、愛が離れていく。ナットが浮かべる迷いの表情。

カンヌ国際映画祭批評家週間でグランプリを受賞した際、監督はこんなふうに語っている。
「役に立つ幽霊もそうでない幽霊も含めて、タイのすべての幽霊に捧げたい」

アーティスト・イラストレーター⽜⽊匡憲による描き下ろしポスター

この世に残ることは抗議活動。抵抗する霊たちの記憶

© 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.

観客がナットに抱き始める違和感を代弁してくれるのが、冒頭に登場し、物語を推進していく自称・学術的ゲイと、ナットたちの話を聞かせる謎の男クローンだ。

「人間に屈したらダメよ
 霊たちは死に抵抗してこの世に戻った それ自体が抗議活動なんですよ」

その言葉を聞き、クローンは目元をゆるませる。
クローンは男の部屋で壁に貼られた石碑の写真に目を留める。これはかつて広場にあった民主化記念碑で、ショッピングモールが立つため撤去されたのだった。そのため、粉じん被害が止まらない。こうした描写には、権力の抑圧、記憶の継承という、タイ社会が抱える歴史的な問題が投影されている。

「タイ社会において、権力による人民の抑圧は、例えば1976年の10月6日事件、1992年の暴虐の5月事件などが挙げられますが、私はまだすごく小さかったり生まれていなかったりという時期でした。ただ2010年の虐殺事件※は、自分自身がリアルタイムで経験した出来事で、もちろん現場にはいなかったけれど、メディアを通じてその雰囲気を感じ取っていました。すごく暴力的な事件だと記憶していたわけです。それがバンコクのど真ん中のサイアムという場所で発生していたんですけれども、この事件に対して今の政府は公的に態度を表明していません。事件の記憶、事件のその後について公的な態度が表明されない中で、毎年遺族の人たちが自分たちで追悼集会をする状況がずっと続いています。しかも、その2010年の虐殺があったすぐ直後には、ビッグクリーニングデイというイベントがあって、バンコクの一般市民や、芸能人、政治家たちが、虐殺されて亡くなった人たちの血をみんなで掃除しようというイベントをやったんですよ。みんなで集まるボランティアイベントで。私はそれがすごくおかしいものだなと感じられました。こうした出来事が自分の中で心にずっと引っかかっていたんだけど、それをどう表現すればいいのかわからない状態が続いていたんです」

※2010年5月の虐殺
2001年に成立したタクシン政権はタイ東北部の低所得層を中心に絶大な支持を集める。一方、都市部の中流層は王室のバックアップを受けたデモ隊を結成し、反タクシン運動を展開。タクシン派も反するデモ隊を結成する。タクシン派勢力が選挙で勝利しては超法的手段で退陣させられる状況が続く中、2010年4月〜5月にタクシン派の大規模デモを制圧するため、政府の治安部隊が投入、10万発以上の実弾が使用され、バンコク中心部で90名以上が死亡した。

「本作でこの出来事を扱うことになったんですが、脚本を創り上げていく段階で、もう一つ、1932年に人民党という秘密結社が起こした立憲革命についても考えました。立憲革命とは、それまでタイは王室が完全に政治をする絶対王政でしたが、人民党が王室を倒したことで民主主義になるんですね。一応、憲法上は国王を元首とする民主主義という形に体制が変更されるんです。その時代に人民党の人たちは民主主義の象徴として、いろいろな記念碑や建物を残していきました。

ただ、それがこの10年ぐらいで急速に、明らかにシステマチックな形で当時の建物や記念碑が破壊されたり、勝手に移動されたり、あるいは名前を変えられたり、そういうことがよく起きていたんです。当時の記憶が急速に破壊されていく中で、過去の出来事の記憶がどう継承されていくかということを、この作品で考える必要がありました」

本作には、日本ではなかなか知りえないタイ社会が抱える歴史的、政治的問題を知る入り口が、いくつも用意されている。タイ社会について理解を深めると同時に、日本の歴史や記憶の継承についても思考をめぐらせるきっかけをもたらしてくれるだろう。

愛情のように感謝と赦しへ変化しやすい関係は、死を前に心地よく手放せるものかもしれないが、根深い怨恨で結びついた関係、ひいては人間の尊厳を傷つけられるほどの怒りを伴う経験は、現代人の想像を絶する叫びとして轟き続けているのかもしれない。本作の劇的なクライマックスに、そんなことを考えさせられた。
観客を飽きさせないユーモアに、鋭い社会風刺も織り交ぜられた本作。まずは何も考えずに映像を受け取って、自身にどのようなときめき、ザワつきが生まれるのか体感してみてほしい。

© 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.

あらすじ
粉じん公害が深刻化するタイ・バンコク。最愛の妻・ナットを呼吸器疾患で亡くしたマーチは悲嘆に暮れる日々を送っていた。ある日、ナットの魂は掃除機に宿るかたちで舞い戻り、ふたたび愛を確かめ合う二人。しかし一方、マーチの家族が経営する工場では、死亡した従業員の霊が機械に取り憑き、操業停止に追い込まれていた。霊に悩まされる家族から拒絶されたナットは、工場の除霊に協力することで、夫への真実の愛そして自らの存在を“役に立つ幽霊”だと証明しようとするが……。

公式Webサイト: https://sundae-films.com/useful-ghost/

スタッフ・キャスト・作品情報

監督・脚本:ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク 出演:ダビカ・ホーン、ウィットサルート・ヒンマラート、アパシリ・ニティポン、ワンロップ・ルンカムチャット、ウィサルット・ ホームフアン ほか
2025|タイ語、英語、イサーン語|タイ、フランス、シンガポール、ドイツ|130 分|原題:ผใ ชไ ดค้ ะ (英題:A Useful Ghost)|字幕翻訳:橋本裕充 |タイ語監修:福冨渉|R15+
配給・宣伝:SUNDAE(Powered by Filmarks)
受賞歴:第78回カンヌ国際映画祭批評家週間グランプリ、第98回アカデミー賞国際長編映画賞タイ代表作品

監督:ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク
1987年、バンコク生まれ。潮州・海南系の出自を持つ。チュラーロンコーン大学映画学科卒業。現在もバンコクを拠点に、スタジオでフルタイムの脚本家として働き、商業映画やテレビシリーズの脚本を手掛けている。脚本執筆の他に、大学で映画理論や脚本術を教え、 映画批評家としても活動している。2020年、ベルリナーレ・タレントプログラムに選ばれ参加。短編映画『赤いアニンシー; あるいは いまだに揺れるベルリンの壁をつま先で歩く』は2020年ロカルノ国際映画祭に選出され、国際コンペティションでジュニア審査員賞を受賞。最近ではタイの植⺠地史とポストコロニアルの状況をテーマに、さまざまな⻑さの映画シリーズを作るプロジェクトに取り組んでいる。

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