彼女の謎めいた眼差しに魅せられる。レオナルド・ダ・ヴィンチの傑作《女性の肖像》、通称《美しきフェロ二エール》が初来日し、連日高い注目を集めている。国立新美術館にて12月13日(日)まで開催中の「ルーヴル美術館展 ルネサンス」では、ルーヴル美術館のコレクションから厳選された56点が出展。4つのテーマ「旅」「技法の革新と洗練」「古代へのまなざし」「肖像芸術の隆盛」にフォーカスし、史上稀に見る芸術の隆盛を果たした、豊かで複雑なルネサンスを紐解いていく。
キリスト教が流布する以前、古代ギリシア・ローマの文化を重視し、人間の個性や主体性へ関心を向けたルネサンス期の人々。象徴的な存在レオナルド・ダ・ヴィンチは、外見の特徴をとらえるだけでなく、個の複雑な内面の表現に挑み続けた。約1000年続いた中世の絶対的価値観を転換させ、芸術家たちはいかに人間の本質の追求に向かったのか。出展作品を通じて見ていきたい。
(楡 美砂)
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旅の広がり、技術の洗練から見る個の解放
ルネサンスが隆盛した15世紀から16世紀は、商業や外交、戦争、キリスト教の布教など、人々の往来が活発な時代だった。旅を通じてもたらされる異文化は人々の視界を広げるとともに多くの刺激をもたらし、ルネサンス文化の発展へとつながっていった。

初めに来場者を出迎える本作は、シリアの首都ダマスクスの風景をヴェネツィアの画家が描いた作品。長年の間コンスタンティノーブルが舞台と考えられ、カイロも候補となったが、近年となり、ダマスクスにある世界最古のモスクの一つウマイヤ・モスクの一部と左側に描かれた塔が一致するとして特定された。中央右の赤い衣服をまとった上官、および黒い帽子と衣服を着用した集団がヴェネツィア共和国の使節団で、赤く低い台に座り、白い6方向に広がる大きなターバンを頭に装うダマスクス総督が彼らを出迎えている。
都市の風景と人々の群像が鮮明に描かれた本作は、作者が当時シリアへ向かったかどうかは不明瞭だが、詳細な描写から資料を基に描かれた可能性が高いとされている。

月の満ち欠けを把握するために用いられた

1515年、グジャラート王国(現在のインド北西部)の君主からポルトガル王への贈り物として、インド・ゴアからポルトガル・リスボン港にサイが上陸した。斑点模様のある甲羅、鱗に覆われた迫力のあるサイだが、リアルさよりも怪異的、あるいは幻想的な描写が際立つ印象を受ける。本作を手がけたアルブレヒト・デューラーは、サイを実際には目にしなかった。当時リスボンで残された資料の記述を基に、デューラーは想像を広げて本作を描いた。1515年に初版が刷られたこの木版画は人気を呼び、16世紀の間に8回にわたって版を重ねたという。
現代のパンダ外交に代表されるように、いつの時代もものめずらしい動物は重宝され、外交に用いられてきたようだ。

豪華な邸宅の装飾として用いられたタペストリー。君主たちが領内で移り住む際に巻いて持ち運ばれた
続く2章では、ルネサンス期に発展した技術に着目される。芸術家たちは既存の技術を磨き上げるとともに新しい技術を追求するために力を尽くした。その多くは現代に継承されている。

こちらはエマイユの技法が用いられた丸皿だ。エマイユとは、ガラス質の釉薬を銅の素地に絵付けをする技法、装飾を指し、日本の「七宝」にあたる。鮮やかな発色が美しい多彩なユマイユ画は上流階級を中心に支持され、ステータス・シンボルの一つだった。絵画の題材は、主に巨匠たちの複製版画から引用され、古代神話や聖書のシーンが絵付けされた。本作は高名なユマイユ画家ピエール・クルテによるもので、大地の女神キュベレ、向かい側に戦車に乗る海の神ネプトゥヌスと先導するトリトン、両者の間に河の神々が描かれている。

テラコッタを色のついた釉薬で覆い鮮やかに仕上げる新技法を開発

蛇、魚、貝、草花などの動植物が、青を基調とした楕円型の水盤に有機的に溶け込んでいる。円形の川に囲われた小さな島には体をくねらせた蛇が、周囲に植物や貝がリズム良く配されている。多色の透明な釉薬により、蛇や魚が艶かしい輝きを見せている。驚くことに、これらの動物は自然物から型取りをした装飾が配されており、田園風陶法と呼ばれる。こうした技法やデザインは、1500年代に活躍し、国王へ陶器を度々献上していた陶芸家の巨匠ベルナール・パリシーの構図が下敷きとなっている。パリシーは神の創造の産物である自然に敬意を表し、田園風陶法を生み出した。

16世紀に本作のような小型のブロンズ像が流行し、主に学者たちの書斎の装飾品や宮廷生活の演出物としても用いられた。本作の特徴は、当時珍しかった女性の裸像を制作している点、また足の爪を整えるという極めて日常的な姿を題材にした点が挙げられる。イタリアのブロンズ像をフランス文化にもたらした作者バルテレミ・プリユールは、女性たちの日常的な暮らしを題材に作品を制作して人気を博した。何気ない生活風景が個人の手に収まるほどのサイズで形作られた本作には、作家性の兆しのようなものが窺える。
古代を見つめ直し、芸術家の独創性を発揮
キリスト教が絶対的な効力を有していた中世は、ローマ神殿が教会に、古代の芸術作品はミサや礼拝に用いられる典礼用品へと取り込まれていた。対してルネサンス期は、キリスト教の影響を受けつつ、中世を古代と断絶された時代とみなす傾向が強まった。歴史家ジャン=ピエール・マソーは、「ルネサンスは古代を再発見したのではなく、古代が死んでいたことを発見したのだ」(※)と語ったという。ルネサンス期の芸術家たちは古代をいかにとらえ直し、独創性を発揮してきたのか。
引用: jean-marie le gall, Jean-Marie Le Gall, Défense et illustration de la Renaissance, Presses Universitaires de France/Humensis,2018

本作は、ルネサンスを代表するフィレンツェの画家サンドロ・ボッティチェリが手がけた聖母子像だ。ボッティチェリが20代半ばの頃に制作されたと考えられている。
地面に座りイエスを抱えるマリアの姿は、「謙譲の聖母」と呼ばれる。マリアは原罪の象徴であるザクロをイエスに差し出し、背景右側に位置する白い衣を着た天使たちは白いユリを抱え、聖母の純潔を示している。
マリアの衣服のドレープに見られる立体感や身体のフォルムの描き方などに古代彫刻の影響を見出すことができる。同時に、本作はボッティチェリの先鋭的な作家性も窺わせる。マリアが身にまとう衣服の鮮やかな青、その中に着られた赤と背後の天使が着用する衣の赤との呼応。マリアの鋭い目つき、焦点の定まらないどこか大人びた目をしたイエスも魅惑的で、若きボッティチェリの独創性がすでに現れている。

ドイツ・ルネサンスを代表するルカス・クラーナハが手がけた三美神の名画も来日している。本作にはギリシア神話に登場する三美神アグライア、エウプロシュネ、タレイアが描かれており、それぞれ光輝、歓喜、豊穣の意味を持つ。クラーナハは伝統的な三美神の表現に対し、独自の描き方を提示している。
通常、三美神は中央の女性が後ろ姿で、左右の女性が正面を向いて描かれることが多い。これに対し、クラーナハは中央の女性に正面を向かせ、両脇の女性の動きにも変化を与えた。それぞれ身体に捻りが見られ、ぴたりと決まった構図でありながら動き出しそうな気配もある。中央の女神は純朴そうな目でこちらを見つめ、右手の女神は鋭い視線を放ち、自らの足を抱えている。背を向けてこちらを振り返る左手の女神は、空を眼差し、どこか虚ろなあどけなさが宿る。生身の人間のような艶かしさを持つ女神たちは、クラーナハ独自の蠱惑的な魅力に満ちている。

本作はフォンテーヌブロー派の画家ニコロ・デッラバーテが手がけたとされる女性像。フォンテーヌブロー派とはフランス国王フランソワ一世の時代に活躍した芸術家の一派で、フォンテーヌブロー宮殿へ招聘されたイタリアの画家を中心に、宮廷主導による独自の芸術を開花させた。
女性の真っ白な肌を覆う透明なヴェールは、裸身を隠すというよりも引き立てている。女性は左足を前にして体の中心軸が際立つポーズで立ち、挑発的な目でこちらを見つめる。左手に杯を持ち、右手で蓋を開けようとしている。その繊細な指先の動きは、官能を空に放つような、妖しい美しさを宿している。
本作のモデルは明らかとなっていないが、女性が見せるポーズから、神話や古代に登場する女性パンドラやプシュケー、気丈な女性権力者として当時人気を呼んだソフォニスバ、アルテミシアなどとの関連が挙げられている。
肖像芸術の隆盛。人間の内面へと向かって
古代への観察眼は同時代を生きる人々にも向けられ、肖像芸術の隆盛を導いていく。背景には、ルネサンス期の人文主義の深化により人間、個人に価値を見出そうとする動きが強まったことがある。芸術家たちは対象を深く探究し、その個性、ひいては内面の描写に挑んでいく。レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》は、その極致にある傑作と言えるだろう。

本作の作者は諸説あるが、ミケランジェロと同時代を生きたイタリアの画家・彫刻家バッチョ・バンディネッリが手がけた可能性が高いと考えられている。バンディネッリはミケランジェロに強いライバル意識を抱いたことが知られているが、本作は2人の関係が良好だった時期に描かれた。
こちらを見据える鋭い眼光、闇から現れ出たような威厳ある相貌、きつく閉じられた唇は芸術家が有する強い情熱、探究心を現代に伝える。巻かれたターバンの陰影や布の端から跳ね出る糸など、真に迫る描写から画家の高い技量が窺える。
なお、ターバンを巻いたミケランジェロの肖像は7つ現存する。従来は最初に制作したジュリアーノ・ブジャルディーニの作品を基に他作品が描かれたとされてきた。しかし、ミケランジェロの風貌がより若く見えることや、ターバンの巻き方が異なる点などから、本作は画家のオリジナル作品だと考えられている。

(右)バルトロメウス・ブロイン(父)《カタリーナ・フォン・ガイル(旧姓フォン・ミュルハイム、1540年没)と二人の娘の肖像》1536–1537年頃(?)額に記された年:1545年 油彩/板 パリ、ルーヴル美術館
肖像画は支配階級にとどまらず、富裕層や知識階級、中産階級へも開かれた。家族の肖像画も見られ、一族の存在を後世に伝える大きな役割を果たした。こちらはドイツのケルンまたはヴェッセルで、当時貴族階級に人気を博した画家バルトロメウス・ブロインによる肖像画だ。
左側に立つ父フィリップ・フォン・ガイルはケルンの商人かつ市参事会員で、貴族の勲等を授かった際に本作が描かれた。その地位を伝えるように、父と5人の息子、母と2人の娘は、それぞれ控えめながら上等な衣服を身に着けている。作品の左端を見ると、やや窮屈に息子たち2人が描かれているが、これは生誕後に描き加えられたためだ。新しい子供が生まれた際、しばしばこのような形が取られたという。

肖像芸術は、彫刻領域にも広がりを見せた。少女のつぶらな瞳、ふっくらとした頬、ボンネットからはみ出す巻き毛など、なんとも愛らしい本作。作者、モデル共に不詳だが、筒状の襞襟や、前掛け、肩が強調されたドレスなどから、明らかに高貴な生まれと考えられている。衣装の特徴から制作時期が推定され、モデルの候補に1578年に5歳で没したマリー・エリザベートの名が挙げられている。大理石の胸像は決定的なイメージを定めるために造られるため、死後に彫像された可能性がある。

成人女性の大理石像も麗しい。本作のモデルは、イタリアのフェッラーラ公エルコレ1世・デステの娘ベアトリーチェ・デステだ。ベアトリーチェがミラノ公国のルドヴィコ・スフォルツァへ嫁ぐ際、想い出にベアトリーチェから両親へ贈られたものと考えられている。広い額や目の下のくぼみ、やわらかく閉じられた唇などが自然な印象を生み出している。
本作はレオナルド・ダ・ヴィンチとのつながりを持つ1作でもある。肩掛けの模様とレオナルドが残した素描のモティーフが類似していたため、関連づける見方が生まれた。また、顔立ちに似ている点があることから、レオナルドの《女性の肖像》のモデルがベアトリーチェであると考える美術史家もいるようだ。
本作の作家とされるジャン・クリストフォロ・ロマーノは、V字型の胸像、「ディーヴァ(女神)」の銘文など、古代美術に着想を得た様式を取り入れ、彫刻の胴体を水平に断つことが主だった15世紀の胸像との決別を示した。1490年代に北イタリアで流行したヘアスタイル、頭に巻きつけた細い飾り紐や、後ろに束ねられた長い髪にも注目したい。


「美しきフェロニエール」という通称がレオナルドの《女性の肖像》と共通する本作。横顔の描き方やクルミ材を用いた支持体などの特徴から、作者は北イタリアのロンバルディアの画家と考えられている。フランス国王ルイ12世の時代に流行したファッションと類似するため、モデルはフランスの支配下にあったミラノ公国やマントヴァ侯国に住むフランス人の可能性がある。
なお、レオナルドの作品と通称が共通するに至ったのはこんな背景がある。フランスの画家で美術理論家のシャルル・ル・ブランがルイ14世紀の美術目録を編纂した際、作者をレオナルド・ダ・ヴィンチ、モデルをフランソワ1世の愛妾「美しきフェロニエール」であると定めた。これに端を発し、18世紀まで《美しきフェロニエール》として定着し、その後レオナルドの《女性の肖像》と名称の混同が起こったとされる。ただし、本作の固定化された構図、レオナルドの特徴的な人物の自然な動きが見られない点などから、作者はレオナルドでないという見方が強い。
作者は不詳なものの、真横からとらえた表情の精緻さ、肌や髪の質感、豊かなまつ毛や透明感のある瞳など、見どころの多い作品だ。青いドレスにはアズライト、ラピスラズリなどの鉱物を重ねて描かれた。現在は色褪せているが、制作当時はより高貴な輝きを見せていただろう。

こちらをうかがうように見る女性。暗い闇を背に光をまとう姿は深淵な輝きを放ち、存在の神秘に触れるような感覚をもたらす。一見、彼女は鑑賞者と目を合わせるようだが、その視線は微妙にずらされており、隔絶した存在であるかのような距離を保つ。手前に描かれた欄干も、魂の深部には立ち入らせまいとする意図の反映だと見られている。
本作はレオナルドの傑作《モナ・リザ》の前身として、《白貂を抱く貴婦人》と共に重要視されている。《モナ・リザ》との共通点は、「四分の三正面観」という画面に対して人物を斜めに配する表現形式が挙げられる。この角度で対象を描くことで、レオナルドは表情、また身体から豊かな動きを引き出している。《白貂を抱く貴婦人》(1485-1490年頃制作)以降に手がけられたとされる本作は、女性のふっくらとした顔の輪郭や、瞳の神秘性などが《モナ・リザ》の予兆を感じさせる。その卓越した技法と、対象の真に迫る描写を間近に受け止めたい。
本作のモデルは定かでなく、いくつかの候補が挙げられてきた。ファッションやヘアスタイルの流行をふまえ、ミラノの女性であることは確かとされている。中でも有力な候補が、ミラノ公ルドヴィコ・スフォルツァの愛妾ルクレツィア・クリヴェッリだ。ルクレツィアはルドヴィコの妻ベアトリーチェ・デステの侍女で、ルドヴィコから見初められて愛妾となった女性だ。同時代のイタリアの詩人アントニオ・テバルデオの詩に、レオナルドがルドヴィコに向けて「ルクレツィア」という名の女性の肖像を描いたと謳われていたことが根拠となっている。そのため、ルクレツィアと観る者の間に絶対的に生じる隔たりは、その心がルドヴィコにのみ向けられているから、と解釈できる。
なお、《美しきフェロニエール》という通称は、ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングルが本作の素描を制作し、それを基にアシール・ユベール・ルフェーヴルが版画を制作した際、誤って「美しきフェロニエール、フランソワ一世の愛妾」と銘文を入れたことから広がったと見られている。ルーヴル美術館は当初から否定していたにもかかわらず、今日まで定着しているのは、発表作品と鑑賞者それぞれの波及力の大きさを実感させる。
ルネサンスの栄華を支えた芸術家の創造性に、多角的なテーマで迫る本展。個の存在が見せる奥行き、独創性がにじみ出る作品群は、芸術家たちがいかに歴史に向き合い、技法を研ぎ澄ませつつ、生命の本質を探究してきたかを伝えてくれる。多岐にわたる作品群から、作家たちのまなざしや当時の人々の生きざまに思い馳せたい。
出典・参考文献
『ルーヴル美術館展 ルネサンス』国立新美術館 2026年

展覧会情報
| ルーヴル美術館展 ルネサンス 会期:2026年9月9日(水)〜12月13日(日) 会場:国立新美術館 企画展示室1E 開館時間:10:00〜18:00(毎週金・土曜日は20:00まで)※入場は閉館の30分前まで 休館日:毎週火曜日 ※ただし11月3日(火・祝)、12月8日(火)は開館、11月4日(水)は休館 Webサイト:https://www.ntv.co.jp/louvre2026/ |
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