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長い沈黙がある。それは画家自身の沈黙であり、描く対象の沈黙、その土地が引き受けてきた悠久の時が放つ静けさである。そうした世界を前にすると、観る者は立ち尽くすほかなくなる。アメリカの具象絵画を代表する画家アンドリュー・ワイエス(1917〜2009)の没後初となる回顧展「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」が、7月5日(日)まで開催されている。
アンドリュー・ワイエスは、戦後アメリカで世界的な注目を集めた抽象表現主義、ポップアートなどの動向と交わることなく、生涯にわたり自身の身近な人々、風景を描き続けた。描かれる世界は画家の精神世界と深く通じており、鍵となったのは窓、扉という「境界」の存在である。ワイエスは作家活動において300点を超える窓の作品を描いたという。「境界」に視点を据えた本展を追い、画家が見つめた世界に身を置きたい。

(楡 美砂)

自然と交感し、自らを深く内観

1917年、ワイエスはペンシルヴェニア州チャッズ・フォードに生まれた。5人兄弟の末っ子で、3人の姉、1人の兄がいた。幼少期から虚弱だったワイエスは小学校に通うことができず、家庭教師から勉強を教わった。姉や兄を含む他の子供たちから孤立感を抱いていたワイエスの心の拠り所となったのは、自然の中を歩くことである。チャッズ・フォードにある人里離れたトウモロコシ畑や森を歩き回り、想像力、創造性を育んだ。幼い頃から自身の世界を深め、静かに没入することを好む少年だった。「自分の世界」というと、現代では好意的に取られないことがある。風変わりで閉鎖的と見る人も少なくないが、芸術家にとって自然と交感すること、深く内観することは創造の源泉を純化し、守り抜く上で不可欠なことだ。

アンドリュー・ワイエス《自画像》1945年 ナショナル・アカデミー・オブ・デザイン、ニューヨーク

曇り空の下、眉をひそめ、複雑な表情をして歩く若い男性。ワイエスの数少ない自画像の一つで、20代後半、父を踏切事故で失った頃に描かれた作品である。ワイエスの父は挿絵画家だった。ワイエスは10代後半から、父に本格的な絵の指導を受けた。その指導は時に定型的であり、自身の独創性を狭められるような窮屈さを息子に抱かせた。父はワイエスにとって絶対的で、乗り越えるべき存在として立ちはばかっていたが、唐突に訪れた死は彼の中枢を大きく揺るがした。またその5年後、自身が片方の肺を半分切除するという大手術を経験する。これらの出来事はワイエスの死生観の形成に強く影響した。ワイエスにとって死は常に身近で、生と連続するものだった。画面に漂う静けさ、空虚感は、どこか死の影を思わせる。

「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」
展示風景、東京都美術館、2026年

ワイエスは多くの変化を好まなかった。自然を愛したが、旅には関心を向けなかった。多くの新しさが押し寄せる時間より、心を傾けた特定の存在から幾たびも発見を得た。こうした画家の姿勢は、集団に属さず、一つの対象と深く向き合い続けた幼少期の経験にも起因するのだろう。ワイエスが生涯にわたり故郷のペンシルヴェニア州とアメリカ最北東部メイン州の風景を描き続けたことにも通じている。

アンドリュー・ワイエス《火打ち石》1975年 個人蔵

メイン州にあるスタジオ近郊の海岸にある巨石。メイン州はアメリカ東海岸最北にあり、カナダとの国境に接している。かつて氷河に覆われていた地域で、氷河で削られた複雑な地形の海岸が続いている。この巨石も太古の氷河の跡に残されたもので、右側にはカモメのフンが付着している。なだらかにせり上がる土には、魚の残骸が散在している。悠久の記憶を宿す石と現代の生の跡、生死の循環を促す土。奥には波がかすかにのぞき、巨石の周りにほのかな光が広がっている。巨石と土が境界の役割を果たしており、目に見えない向こう側の景色に想像が馳せられる。

アンドリュー・ワイエス《裏の入り江》1967年 個人蔵

メイン州の入り江を描いた作品。奥まった地形に届く波は穏やかで、泉のような静けさがある。本作は水彩で描かれており、色彩の濃淡や、水のにじみが作品に奥行きを与えている。

ワイエスの作品は主に水彩や、テンペラで描かれた。ワイエスは水彩の魅力を「あまり深く考えずに、アイデアを素早く描き留められること」と語り、感性の解放や即興性を重んじた。水の動きを活かしつつ、乾いた筆でかすれを出すドライブラッシュ技法を巧妙に取り入れ繊細な質感を表現した。また、自然の色から生まれるテンペラの色彩表現を好み、「染料で着色されたものではない。人工的なものは一切ない。本当に自然なものだけが好きなのだ」「私が使う色は、まさに私が住んでいるこの土地の色だ」という言葉を残している。

光と影。揺れ動く境界

アンドリュー・ワイエス《うたた寝》1963年 ファーンズワース美術館、ロックランド

ワイエスの作品には、光と影が強く跡を残す作品が多く見られる。それは技術の巧妙さに留まらず、光と影の属性、生と死にも通じる深淵な世界に触れている。
納屋の入り口に佇む白い猫。扉を境に、奥には闇が広がっている。戸の端を光が伝い、影が筋を落としている。光と影が織りなす境界は、常に事物と共に揺れ動いている。

「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」
展示風景、東京都美術館、2026年

アンドリュー・ワイエス《ブルーベリーのバケツ》1964年 ユニマットグループ

ワイエスは23歳の時、メイン州で出会った19歳のベッツィ・マール・ジェイムズと結婚する。美しく聡明なベッツィはワイエスのモデルや、マネージャー、作品管理も務め、生涯にわたり画家を支えた。
本作で描かれた金属バケツには、ベッツィが農場で摘んできたブルーベリーが詰め込まれている。錆びついたバケツの上部にのぞくブルーベリーの青が、慎ましくも爽やかな生命力を放つ。静止したバケツの取っ手。自然光が素朴な白壁の室内を照らす。微細な光を受けて震えるような繊細な窓淵。窓ガラスは木々の動きを伝え、内と外をつなぐ。

アンドリュー・ワイエス《松ぼっくり男爵》1976年 福島県立美術館

ワイエスがペンシルヴェニア州の隣人、カーナー家を長年描き続けたことはよく知られている。カール・カーナーはドイツからの移民で、第一次世界大戦で従軍した。本作で松ぼっくりが詰められているのは、従軍時に使用していた鉄兜である。カーナー夫人はストーヴの焚き付けのために用いる松ぼっくりをこの鉄兜に収集していた。思いがけず出会ったカーナー家の関係、歴史を伝える風景に、ワイエスは興奮を覚えて制作に取り掛かったという。

窓がもたらす光と風。生けるオルソン・ハウス

アンドリュー・ワイエス《オルソンの家》1939年 丸沼芸術の森

ワイエスにとって最も重要なモデルとなったのは、メイン州に暮らすクリスティーナ・オルソン、そして彼女が弟アルヴァロと共に暮らしていたオルソン・ハウスである。1939年、出会って間もないベッツィに連れられ、ワイエスは初めてオルソン・ハウスを訪れる。

クリスティーナはシャルコー・マリー・トゥース病という難病を抱え、歩行が困難な状態だった。当時クリスティーナは46歳で、ベッツィは17歳。二人は年の離れた友人であり、ベッツィにとってクリスティーナは尊敬する存在だった。結婚前にベッツィがワイエスを連れて行ったのは、障害を抱える大切な友人を前に彼の本質が現れると見越した一つのテストだった。
独立心の強いクリスティーナは人や物から助けを得ることを良しとせず、杖や車椅子も使わずに自らの力で這いながら移動した。クリスティーナの誇り高さにワイエスは深い感銘を受け、畏敬の念を抱いた。クリスティーナもワイエスに自然と心を開き、二人はすぐに打ち解ける。そして以降約30年にわたり、ワイエスはクリスティーナ、アルヴァロ、オルソン・ハウスを描き続けた。

アンドリュー・ワイエス《クリスティーナ・オルソン》1947年 マイロン・クニン・コレクション、ミネアポリス

本展のメインビジュアルである本作。クリスティーナがオルソン・ハウスの裏口に腰掛けている。陽光が差し込み、クリスティーナの周りを照らす。彼女は陽を全身に浴び、外気を受けている。風は髪を揺らし、服の袖に膨らみを与えている。境界は光を連れ、風をもたらす。彼女はそのあわいに身を置き、遠くをまなざしている。

(左)アンドリュー・ワイエス《クリスティーナ・オルソン》習作1947年 丸沼芸術の森
(右)アンドリュー・ワイエス《クリスティーナ・オルソン》習作1947年 丸沼芸術の森

アンドリュー・ワイエス《表戸の階段に座るアルヴァロ》1942年 丸沼芸術の森

玄関先に座る弟アルヴァロが描かれている。大きな家にポツンと座る人影が印象深い作品だが、その姿は家と深くなじみ、一体化したようである。アルヴァロはクリスティーナのように長時間モデルを務めることを好まなかったという。ワイエスはアルヴァロを画面内に控えめに描いた作品を多数残した。

(左)アンドリュー・ワイエス《幽霊》習作 1949年 丸沼芸術の森
(右)アンドリュー・ワイエス《幽霊》習作 1949年 丸沼芸術の森

オルソン・ハウスの閉じられたドアを開けると、そこには男の姿が。それは曇った鏡に映るワイエス自身だった。顔、身体がおぼろげで、作品名の通り亡霊のようだ。オルソン・ハウスが経た長い歴史、かつて船乗りたちが利用したという彼方の記憶を呼び覚ますような、幻影的存在として描かれている。

アンドリュー・ワイエス《オルソンの家》1966年 丸沼芸術の森

ワイエスが描く家は、生き物のように生々しい。暗い納屋の中から母屋の姿をとらえた本作。戸口の先に母屋が顔をのぞかせる。そこに見える小さな窓は目のようである。視線を奥へ誘導する構図は、観る者の眼差しと窓の目を通い合わせる狙いも感じさせる。
本作は、暗い納屋と明るい母屋の対比に、納屋で作業し生活を支えた物静かなアルヴァロと、社交的な気質を持ったクリスティーナの関係が読み取れると指摘されている。

アンドリュー・ワイエス《オルソン家の納屋のツバメ》1953年 丸沼芸術の森

「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」
展示風景、東京都美術館、2026年
オルソン・ハウスの風景

メイン州はニュー・イングランド地方と呼ばれる地域で、聖教徒がアメリカに移り住んだことから名付けられた。オルソン姉弟の父もスウェーデンからの移民である。オルソン・ハウスは、19世紀初頭から続く長い歴史を有する建物で、建築当初は宿として、船乗りなどこの地を訪れる人々に開かれていた。
ワイエスはしばしば「アメリカを描く」と語った。現代では大国の力強さや自由といったイメージが先行しがちなアメリカだが、ワイエスの作品を前にすると、入植の歴史や、多様なルーツを持つ移民により築かれたアメリカのバックグラウンドを実感することができる。

オルソン家の模型(制作:直枝康介) 丸沼芸術の森

アンドリュー・ワイエス《オルソン家の終焉》1969年 クリーブランド美術館

1967年、アルヴァロが亡くなり、1968年、クリスティーナもこの世を去った。
翌年、ワイエスは二人のいないオルソン・ハウスを訪れて本作を描いた。3階の窓から、クリスティーナがよく佇んでいた台所部分を見下ろした構図だ。二人の気配に触れ、彼らと心で交流しながら手がけられた本作。三角屋根の上、水上に、小さく二羽の鳥が描かれている。

まなざしの広がり。窓が導く世界の奥行き

「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」
展示風景、東京都美術館、2026年

特定の対象を繰り返し描くことは長く続いたが、ワイエスは次第に描く題材の幅を広げていった。歩き慣れた道で出会う風景、自宅や知人の家、親しい人々など、日々の生活の中で心に迫るモティーフを発見した。早朝から近隣を散策することを生涯の日課としたワイエスは、どれだけ疲れていても「『カチッ』とスイッチが入る瞬間」を見つけると、描くエネルギーが湧いてきたという。

アンドリュー・ワイエス《灯台》1983年 ユニマットグループ

メイン州にある灯台の中で、ベッツィの愛犬ノームがお行儀良く座っている。扉が開かれており、境界の前で番をするかのようだ。光で船乗りを導く灯台。扉の先の光へ続く世界とノームの毛並みの輝きが白く際立っている。

アンドリュー・ワイエス《乗船の一行》1982年 フィルブルック美術館、タルサ
窓の先には大型ヨットと見られる大きな帆が映る

アンドリュー・ワイエス《美しき休息》1991年 ユニマットグループ

ペンシルヴェニア州のワイエスの自宅近隣に住むヘレン・シパーラ夫人を描いた本作。ワイエスとシパーラ夫妻は家族同然の付き合いがあった。フォーマルな会合に出席した後だろうか。ブラウスにストッキング、リラックスした様子で横になっている。自然光が差し込み、衣服やシーツ、壁の繊細な質感が浮かび上がらせている。

アンドリュー・ワイエス《花びら》1991年 ボストン美術館

外界から窓をとらえた作品も多く描かれた。こちらはペンシルヴェニア州の自宅にあるワイエス夫婦の寝室にある窓だ。開かれた窓と向かい合うようにクラブアップルの木がそびえ、対角線上に花びらが散っている。窓を介し、夫婦のプライベートな空間へ外気と共に豊かな香りが届けられている。

アンドリュー・ワイエス《薄氷》1969年 株式会社三井住友銀行

クリスティーナの死は、ワイエスに深い喪失感をもたらした。本作はその翌年に描かれた作品である。薄氷の中に映る葉はワイエス自身の経験、出会った人々を表したもので、枯葉は必ずしも死を表さないという。凍結した中には枯葉が幾層にもなり、かすかな気泡が見られる。儚い境界の役割を果たす薄氷。一枚の葉は地表に顔を出しており、あちらとこちらは完全に隔てられていないことを示唆している。

アンドリュー・ワイエス《氷塊 I》1968年 愛知県美術館(アンドリュー・ワイエス夫妻寄贈)
《薄氷》の制作に至るまで、枯葉と氷を描いた作品が複数描かれた

アンドリュー・ワイエス《ヒトデ》1986年 フィルブルック美術館、タルサ

窓越しに描かれた妻ベッツィ。窓は、どこまでも視線を誘うものなのだろう。ベッツィもまた双眼鏡を覗き込み、観る者の意識をさらに彼方へ導き、その先には水平線が輝く。こちら側の窓淵に立てかけられたヒトデが、透明な境界が存在することを知らせつつ、光はそれを透過している。

「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」
展示風景、東京都美術館、2026年

窓、扉。ワイエス作品の境界から見えてくるのは、光と影、生と死、空気という、この世界の流動性だ。そこに完全な断絶はなく、境界も揺れ動いている。しかし全面的に開かれてはおらず、密かに、慎ましく、窓は用意されている。窓を介し、光と風は異界を行き交う。
そして、見つめるという行為の深み。目そのものが窓であることも突きつけられる心地がした。世界との接点であるその目は、新しい風を取り入れ、光の道を見出すことができる窓なのだ。まなざしは静かで深く、記憶や死、目に見えないものまで見通す力を有している。

現代は広告媒体やSNSで整えられたイメージがあふれ、断片的で質感の伴わない情報が横行している。目に見える人工物のほとんどは皮層的なものだ。その深奥に在るものに、どうすれば触れられるか。そもそも深奥に触れる意義とは。今日のさまざまな社会不安における境界のとらえ方や、世界を見る視点を更新する上で、本展は重要な示唆をもたらすだろう。本展は7月5日(日)まで。ワイエスのまなざしに触れ、自らの内と外がどのように揺れ動くか体感してほしい。

出典・参考文献
「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」図録

「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」
展示風景、東京都美術館、2026年

展覧会情報

会期:2026年4月28日(火)~7月5日(日)
会場:東京都美術館 企画展示室
休室日:月曜日 ※6月29日(月)は開室
開室時間:9:30〜17:30、金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)
展覧会公式サイト:https://wyeth2026.jp/

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