ニュースレター「mist」ご登録受付中!

見知らぬ土地を歩いている。たどりついた宿のしんとした部屋で、椅子に腰掛け、本を手にする。かすかな葉ずれ。せせらぎ。一人旅だ。旅先の読書は至福の時間。非日常に身を置き、まっさらな感覚で言葉を追う。イメージが訪れ、想像力がめぐってゆく。おとなしくしていた創作意欲も、いつしか湧き上がっている。
今回は、一人旅で読みたい本特集。表現に携わる人にすすめたい本を、軽やかに伴走してくれる作品から取っ組み合いが起きそうな厄介な大作まで、小説、紀行、エッセイ、哲学・思想書21冊を厳選した。旅のシチュエーションに合わせて、気になる1冊を見つけてもらえたら嬉しい。

(楡 美砂)

青き日の旅に〈青春小説・詩・エッセイ〉

青春期、人は毎日でも旅立ちたくなるものだ。学校生活、家庭環境、先が見えぬ未来、閉塞した日々の中で苦悶し、現実の檻からドロップアウトしたいと思い立つ日もあるだろう。家出にしろ、自分探しの旅にしろ、1冊の本が最良の友になることがある。青き日々に共鳴する6冊。

『トニオ・クレーゲル』トーマス・マン

『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』トーマス・マン 高橋義孝(訳)新潮文庫

風変わりで手に負えない、憂鬱な自己は、陽光の下で輝く美を羨望し、甘やかに軽蔑する。青年期に通過する人間関係の悲痛は、その後の人生を揺るがし続ける。作家トニオ・クレーゲルの青年期の記憶と、芸術への葛藤。行く先はどこなのか。トニオは郷里を立ち寄ったのち、デンマークへ向かう。旅の終わり、青年期に憧れ続けた美的存在ハンスとインゲボルクを目にする。
孤立、鬱屈が人を創造へ向かわせるのは全く自然なことだ。芸術と世俗の境界。トニオと画家リザヴェータとの対話は、芸術の求道者へ繰り返し自問自答を促すだろう。外界との距離に立ち尽くし、自意識を要塞で囲い、誇りかな城を築いた人へ。祝すべき破壊は間もなくかもしれない。
トーマス・マン初期の名編。1903年発表。美への傾倒は、代表作「ヴェニスに死す」へ昇華する。

『岬』中上健次

『岬』中上健次 文春文庫

精神も肉体も制御が利かない青年期。自らやけどを負うような激情に呑み込まれていくことがある。家族、土地とのいびつで強固な血縁。抵抗は増大し、時に権力、国家への反抗に結びつく。郷里の紀州熊野を舞台に血族に抱く愛憎を描き続けた中上健次が最初に到達した名編「岬」など初期作品が収録。重厚なテーマながら、詩やジャズを好んだ中上の言葉は軽快で読みやすい。血気盛んに飛び交う方言が独特のビートを生んでいる。
社会に悪態をつき、閉ざされた世界でもがき生きる主人公の姿は、青き日々の鬱憤と共振するだろう。本作を重層的に発展させた大作『枯木灘』『地の果て 至上の時』へと続く。

『寺山修司少女詩集』寺山修司

『寺山修司少女詩集』寺山修司
KADOKAWA/角川文庫

想像力は、少女の一番の友。言葉を連れ、どこまでも飛翔していく。可憐で詩情に満ちた言葉が、内なる泉に波紋を起こし、詩が生まれる。メルヘン、ロマンチック、メランコリー、リリシズム、それらの力を軽んじ、恐れてはならない。華麗なレトリックは、しなやかに生きる術なのだ。
感傷とユーモア、深い教養が散りばめられた文章は、多感な少女の感性をくすぐるだろう。読みながら、自ずと詩がもたらされるかもしれない。孤独を耕しながら、誰かを待つ人へ。私だけの言葉に出会いたい人へ。
少女詩集が胸に響いたら、宇野亞喜良氏の繊細なイラストレーションが添えられたフォアレディースシリーズも手に取りたい。代表作『書を捨てよ、街へ出よう』『家出のすすめ』や、『青女論』『誰か故郷を想はざる』など、寺山の言葉はどれも青き日に寄り添う本ばかり。ポケットに忍ばせ、逃避行へ。

『愛の生活・森のメリュジーヌ』金井美恵子

『愛の生活・森のメリュジーヌ』金井美恵子
講談社

言葉でしかたどりつけない王国。水晶のように透明で堅牢に築かれた金井美恵子の初期短編集。現代作家の中でもずば抜けた筆力を持つ著者は、エッセイや批評も鋭い視点が光る。その牙を恐れてか、デビュー50周年の際に『早稲田文学』(2018年春号)で組まれた特集名が、「金井美恵子なんかこわくない」であったのは笑ってしまった。
そんな金井氏の初めの言葉は、極めて透明で、たくらみに満ち、戯れに終始しがちな愛や欲望、あるいは食のような日常を、切迫した幻想領域へと至らせている。初めて「兎」を読んだ時、血液を薔薇色と形容する感性に打たれた。「森のメリュジーヌ」に結実する極限状態の愛。テキストはやがて地に降り立ち、催眠的に、横溢するように長大になっていく。原初のテキストは、言葉の大海に望む人を大いに触発するだろう。

『ムーン・パレス』ポール・オースター

『ムーン・パレス』ポール・オースター
柴田元幸(訳)新潮文庫

目的地のないバックパックの旅に似合う作品。人生を放棄した時に残るもの、生まれてくるものは何なのか。1969年。人類が月に上陸した夏。僕は唯一の肉親であった叔父を亡くす。世界との接続が断たれた僕は、意思を持って社会の軌道から外れていく。コロンビア大入学祝いに叔父から授かった大量の本を読んでは売る。貯金の底がつき、路上暮らしとなる。そんな僕を救ってくれたジンマーとキティ、車椅子で暮らす元画家の老人。ブレイクロックの《月光》。
ユタからカリフォルニアまで、広大な砂漠地帯の彷徨。ベトナム戦争、学生運動、社会に身を投じる若者たちの中で僕はひたすら内側へ向かい、自身のルーツを探り当てていく。
ノスタルジックな空気をまとうポール・オースターの代表作。内省的でありながら躍動感に満ちた青春の旅路。小気味良い語りは道中の足取りを軽やかにするはず。

『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』中島らも

『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』
中島らも 集英社文庫

作家でミュージシャン・中島らもの青春記。時代は1960年代後半から70年代初頭。学年8位で超進学校・灘高に入ったものの、学園紛争で試験が中止となり、気づけば全く学校に行かなくなる。保久良山での水晶狩り、バンド、飲酒、ジャズ喫茶、落ちこぼれ生活を面白おかしく書きつつも、モラトリアムの憂鬱を等身大の言葉で拾い上げる。
卓越した笑いのセンスもさることながら、貪欲な知的好奇心、繊細な言葉のセンスも著者の持ち味。私はらもさんから作家マンディアルグを教わった。彼の本はどれも笑えて楽しめるが、青年期を振り返った本書は、社会との距離をどうすることもできぬまま呆然と眺めるような、とぼけた青春の苦みがにじんでいる。自分は何者かになれるはずと確信を抱きながら、過ぎゆく日々の前で焦燥にかられている人へ。

旅人の道程〈紀行〉

旅に出たのなら、辺境の地をとことん探検したい。価値観がこてんぱんにされる体験をしたい。古今東西の旅人たちが残した紀行は、そんな気概に満ちている。画家、作家、写真家、探検家による発見と旅情に満ちた5冊を集めた。

『沖縄文化論 忘れられた日本』岡本太郎

『ヴィジュアル版 沖縄文化論 忘れられた日本』岡本太郎 中央公論新社

パリ滞在時にマルセル・モースに民族学を学び、根源的な生命のありようを探究した岡本太郎。1959年、沖縄本島、久高島、宮古島、石垣島、竹富島に滞在し、紀行の枠組みを超える文化論を展開した。
闘牛に高揚して踊り出す女性。死にゆくヤギを見てはしゃぐ子供たち。気品高い少女のような、88歳の久高島のノロ。あまりに崇高な祈りの場、御嶽(うたき)。平板なヒューマニズムを嫌い、生と死の等価的な美しさを称えた著者を魅了したのは、土地に宿る手付かずの信仰の姿だった。中でも神の島・久高島は岡本太郎に深い霊感をもたらす。1966年に再訪し、12年に一度の祭祀イザイホーに立ち会っている。
慎ましくも力強い、清らかな生の営みは岡本太郎に火をつけ、この情熱的な文化論が生まれた。岡本太郎自身が撮影した写真も多数収録。日本の原郷に足を踏み入れ、《太陽の塔》制作に至る重要な一作。文化の表層でなく、奥底に流れる営み、微細なきめを感じられる旅に。

関連記事: 
▶︎岡本太郎が万国博に賭けたもの。ベラボーな神像《太陽の塔》が今日に伝える生命の根源とは?
▶︎戦後80年。岡本太郎《明日の神話》が伝える命の瞬間。広島の高校生、現代アーティスト9組の応答

『インドへ』横尾忠則

『インドへ』横尾忠則 文春文庫

価値観を破壊したいのなら、旅先にまず浮かぶのはインドかもしれない。インドを訪れた人たちに話を聞けば、「二度と行きたくない」と言いつつも、その衝撃を声高に語りだす人は少なくない。
本書は芸術家・横尾忠則のインド滞在記。憧れのビートルズがこもったインドへの期待と恐怖、ニューヨークでのアシッド・トリップ体験を経て1974年、ついにインドへ。乞食に追われる恐怖。瞑想から至った神秘体験。生活に溶け込んだ性と死。シヴァ神、エローラ。ガンガー。青空から生まれるひらめき。本書はこの国が抱かせる得体の知れない恐怖、人々の異様な生を禍々しく伝え、読者にもエトランジェの感覚を味わわせる。
今立っている地平が崩れてしまってからが、旅の醍醐味というもの。経済発展前夜、ありし日のインドと現代に思い馳せながら読むのも意義深いだろう。

関連記事: 
▶︎ 横尾忠則『ぶるうらんど』書評 彼岸から届けられた表現者への挑戦状
▶︎「横尾忠則 連画の河」輪廻の海へ向かう創造と人生の壮大な流れ
▶︎横尾忠則の「肉体派宣言」。即興。格闘。思考から肉体を解き放つ創造空間へ

『ミラノ 霧の風景』須賀敦子

『ミラノ 霧の風景』須賀敦子 白水社

ミラノの人は霧の中で生まれたのだという。霧が立ち込める幻想的な風景から始まる絶品のエッセイ集。数メートル先のプラタナスがかすむ霧、塀のように立ちはだかる霧、飛行機や電車、車を煙に巻くようにふいに姿をくらます街ミラノ。1958年から1971年にかけてイタリアで生活した須賀敦子は、ミラノにとどまらず多くの都市に滞在した。ナポリの愛すべき庶民精神。アドリア海を望むトリエステ。老舗出版社の編集者たちとの思い出、夫の死。
著者はミラノのコルシア書店で働きながら、アントニオ・タブッキなどのイタリア文学を翻訳、日本へ紹介。また谷崎潤一郎や川端康成、阿部公房などの作品をイタリア語に訳し、現地に届けた。豊かな文化的視点を通じて、土地の空気、出会った人々、食、文学、映画など、匂い、温度を伝える名随筆。ミラノへ向かう旅路に読みたい1冊。もちろん霧の季節に。

『祈りの回廊』野町和嘉

『祈りの回廊』野町和嘉

サハラ砂漠に魅せられ、エチオピア、チベットなど辺境の地を訪ねて世界を旅してきた写真家・野町和嘉のフォト・エッセイ。五体投地で聖地カイラス山に向かう人々。魂が旅だった体を自然に還す鳥葬。神聖な輝きを放つ、迫真の写真に息を呑む。現地を知る人にしか書けない言葉で、光、自然、人々の暮らしが、臨場感いっぱいに活写される。
高山地帯で培われた、確固たる信仰と喪失の歴史を背負うチベット仏教、イスラームの聖地メッカ、メディナ、古代ユダヤ直系のキリスト教文化が根付くエチオピア、西欧文明の源流にあるヴァチカン——人々の生きざまの根底にある祈りは、読者の霊性にはたらきかける。
天と地の間に生きる人間存在とは。「無宗教」を軽く口にできる日本で、信仰の精髄に迫りたい人へ。

関連記事:
野町和嘉が見つめた人間の大地。写真の黄金時代を駆け抜けた作家の旅路

『アヘン王国潜入記』高野秀行

『アヘン王国潜入記』高野秀行  集英社文庫

善悪の向こう側へ。ノンフィクション作家・高野秀行氏によるミャンマー北部の“麻薬地帯”ワ州滞在記。探検部出身の著者は、反政府ゲリラが管理する無法地帯ゴールデントライアングルの中心地ワ州に長年憧れていた。ヴェールに包まれたその地に訪れてみると、拍子抜けするように平和な景色が広がっていた。穏やかで慎ましく、日々をひたむきに生きる人々。金脈であるアヘンは、ワ州では神の恩寵のように大切に育てられていた。
著者は現地の人々と7カ月にわたる共同生活を送り、アヘンを栽培し、アヘンを体験する。法と秩序からはぐれた世界で、人間に元来宿っている善意と悪意が浮かび上がる。
今や二度と立ち入ることのできない麻薬地帯のリアルが、軽妙な語り口で展開される。全ての概念を取っ払いたい人へ。

自己と世界。創造への旅〈小説・エッセイ〉

上質な文学作品も、旅を贅沢なものにしてくれる。自然の美や土着性を味わえる作品、芸術観を刺激する作品など6冊を選んだ。作者の視点を追いかけるうち、世界が変わって見えてくるかもしれない。

『掌の小説』川端康成

『掌の小説』川端康成 新潮文庫

文豪・川端康成は、新感覚派の書き手として世に現れた。その言葉は現代に読んでもなお、異様な新しさを放っている。独特の水っぽさというか、まどろみというか、そんなものを含みながら、決して急くことなく言の葉は流れる。ともかくも、作家が体で言葉を書いていることに帰すのだろう。
『掌の小説』はその名の通り、手に収まるほどの短い小品が122編収められている。祖父の火葬に接した川端が18の頃に書いた言葉から成る「骨拾い」、レモン汁で化粧をする女が男を出世させる「貧者の恋人」、出征する青年との別れと熟した果実が交感する「ざくろ」——日本の原風景を背景に描かれる人々の営み。小説世界に誘われたかと思えば幕を閉じ、読後の余韻に身を浸す。旅の間に間に、情景豊かな言葉が染み入り、世界の深度が増していく。気になったタイトルから作品を引くのも一興。作家固有の感性と日本語の美、言葉の可能性を知らしめる。

『月山』森敦

『月山・鳥海山』森敦 文春文庫

死の山と称される月山。庄内平野をあてなくさすらう主人公が、死生のあわいを覗き見る。吹き荒ぶ雪の中で執り行われる宴。土地の者が話す、なまめかしい音楽のような言語。その滔々たる弁舌に翻弄されながら、気づけば幽玄の荒野に放り出されている。妖のごとき女。即身成仏。ミイラ。カメムシ。芳しい薫りをまとった美文が、死の企みのような世界を織りなす。本作を日本語で味わえる至高を噛み締めたい。
作者の森敦は22歳でデビューするが、その後作品を発表することなく妻の故郷である山形庄内地方を転々とし、40年を経て『月山』を発表した。姉妹編『天沼』、生の山『鳥海山』も収録。
数年前、縁あって月山に登った。白い霧が立ち込め、慎ましい高山植物が広がる山頂は、女性的な風情を感じさせた。下山の際に遇した、さやかに流れる雪解け水は忘れがたい。霊山、異郷への旅に携えたい。

『街に戦場あり』寺山修司  森山大道 中平卓馬

『街に戦場あり』寺山修司  森山大道 中平卓馬 ちくま学芸文庫

2024年に写真家・中平卓馬の大規模な回顧展があり、そこで寺山修司、森山大道、中平によるピクチャー・エッセイの存在を知った。中平は元編集者で、寺山唯一の長編小説『あゝ、荒野』を担当した人だ。写真家に転向後、親しかった森山大道と共に寺山の言葉に協奏した。本書の文章は、寺山のアンソロジーなどでこれまで部分的に掲載されてきたが、写真を含めた『アサヒグラフ』初出時(1966年)に近い形で文庫化されるのは初のことだという(2025年刊)。
歌謡曲。ボクシング。キャバレー。大衆浴場。銃。1960年代の娯楽文化に的を当てた言葉と鋭くざらついた写真が時代の空気を伝える。経済成長を経て安泰にも見える街には、常に国家の存在が薄く漂っている。市街劇の追求を続けた寺山が、都市に見出そうとした怒り。虚構。社会に出て寺山に関心を持った人や、寺山を再読したい人にも合う一作だろう。私たちは今も時代を目撃している。都市に向かう旅路に。

『セルフ・ヘルプ』ローリー・ムーア

『セルフ・ヘルプ』ローリー・ムーア
干刈あがた、斎藤英治 (訳) 白水社

アメリカの作家ローリー・ムーアの初短編集。ハウツー本の文体で書かれた「別の女になる方法」「作家になる方法」、年号を遡りながら母との関係を解きほぐす「母親と対話する方法(おぼえがき)」など、実験的なアプローチと洒脱な言葉で現代の悲哀が鋭く描かれている。80年代に書かれた作品群だが、少しも古めかしさがない。最後に置かれた「満たすこと(To Fill)」が、手紙の様式を取っているのではと気づいた時、染み入るような感慨があった。醜い自己の生きざまを受け入れた時、人がしなやかに輝くのはなぜなのか。
ローリー・ムーアはアメリカ文学の第一線で執筆を続ける実力作家。2023年に『死んでいる元カノとの旅』で第48回全米批評家協会賞を受賞している。近年話題のルシア・ベルリンを好む人なら、響きそうな趣もある。現在『セルフ・ヘルプ』は絶版となっているが、書き手を志す人、孤独を嗜む人の手に届き続けてほしい1冊。一人旅のおしゃべりの相手に。

『地図と領土』ミシェル・ウエルベック

『地図と領土』ミシェル・ウエルベック
野崎歓(訳) ちくま文庫

フランスの異才ミシェル・ウエルベックの代表作。現代芸術家ジェド・マルタンは写真作品が高い評価を得て一躍名を馳せるが、長い沈黙の後にジェドは写真を離れ、肖像画を描き出す。本編には著者ウエルベックも登場。「ウエルベック惨殺」が大きく謳われた本作だが、死に至るまでの過程は長い。ジェドはウエルベックに個展のカタログに寄稿を依頼すべく数回作家と対話をする。現代の芸術、機能、資本、労働、物質、虫、食品成分など、視点を大小左右にスライドさせ、読者の脳と視界を揺さぶっていく。
外交に積極的でないが人を拒むことはなく、破天荒ではないが芸術に従順なジェドの人物像は、表現者の視点を重ねやすい。だからこそ、そんな彼が時折見せる奇行は実に爽快だ。ジェドがウエルベック、父と交わす芸術に関する長い対話は、読者にも思索を促すだろう。新幹線、飛行機など、移動時間の長い旅で読みたい。

『べつの言葉で』ジュンパ・ラヒリ

『べつの言葉で』ジュンパ・ラヒリ
中嶋浩郎(訳) 新潮社

インド系アメリカ人の作家ジュンパ・ラヒリが初めてイタリア語で書いたエッセイ。異郷の地で、よそ者感覚を味わいながら読みたい。ラヒリはインド・コルカタ出身の両親のもとロンドンに生まれ、2歳でアメリカに渡る。英語で作家活動を開始し、代表作『停電の夜に』でピュリツァー賞を受賞した。
彼女の言語体系は三角形なのだという。ベンガル語は母、英語は継母。両者からの独立のためにイタリア語を体得するのだと。イタリア語との出会いから、言葉を書くこと、学びへの純粋な熱意が、平易な言葉で誠実に紡がれる。全編にイタリア語への憧憬がにじむ。ラヒリは以降、イタリアとアメリカを行き来しながらイタリア語で小説を書き、自ら英語翻訳も行っている。
薄手の単行本サイズ。小旅行のお供にすすめたい。優しく、余白のある言葉は呼吸がしやすい。言葉に立ち向かい、固有の言語を追い求める人へ。

思考の森。あるいは海へ〈哲学・思想書〉

世俗を離れ、例えば緑に囲まれた一軒家にこもり、ディープな思索に耽りたいという人もいるかもしれない。最後に濃厚な哲学書、思想書を提案。頭で理解するより詩的言語として内側に響かせたい4冊。

『悲劇の誕生』フリードリヒ・ニーチェ

『悲劇の誕生』フリードリヒ・ニーチェ
秋山英夫(訳) 岩波文庫

ニーチェの言葉は、その情動に身を任せながら、音楽を聞くように受け取りたい。処女作『悲劇の誕生』は、初期衝動ならではの情熱に満ち、極めて前のめりで、覚醒したような詩的言語が炸裂している。
堕落、退廃へ下降する弱きペシミズムでなく、苦悩や鬱屈を生命力で引き受ける「強さのペシミズム」。悲劇は音楽から生まれた。古代ギリシャ人はただ明朗な芸術を生み出したのでなく、生命力が悲劇を超克していた。普段哲学書を読まない人も、アポロ的、ディオニュソス的という対立軸に沿って読み進めると、ニーチェが言わんとすることを追いやすいだろう。
とかく絶望を友としがちな芸術家を鼓舞し、最前線に引きずりだす強烈な筆致。ニーチェの言葉を読んでいると、なぜか笑ってしまうことが少なくない。躍動する言葉から、弁舌を振るう姿が目に浮かぶからなのか。超人の始まりの言葉を浴び、今の自分に何が生まれるのか体感してみては。『ツァラトストラ(ツァラトゥストラ)かく語りき』や『善悪の彼岸』ほか、思索したいテーマの本を携えるのもすすめたい。

『重力と恩寵』シモーヌ・ヴェイユ

『重力と恩寵』シモーヌ・ヴェイユ
田辺保(訳)ちくま学芸文庫

破壊を受け、忘我となった境地で人が見せる、侵しがたい気高さ。その真空に働きかける。真空に神の恩寵がやってくる。創造は、重力の下降と恩寵の上昇からなる。重力に耐え、世界を持ち上げるための、支点としての十字架。
神に向けて敬虔な言葉を書き続けたシモーヌ・ヴェイユはキリスト教の思想家として認識されやすいが、洗礼を受けていない。工場で働き、スペイン内戦に出向いた。1943年、34歳で亡くなる。死後、1947年に本書は出版され、世界的名著となった。
自我の安全圏を抜け出て、他者を愛すること、世界を生きること。目に見えぬ神秘の存在へ書き連ねられた断想には余白があり、旅の思考に向く。どのページを開いても、瞳をとらえ、体に溶け入るようなヴェイユの言葉がある。

『物質的恍惚』ル・クレジオ

『物質的恍惚』ル・クレジオ
豊崎光一(訳) 岩波文庫

存在する以前、以後について。フランスのノーベル文学賞作家ル・クレジオが27歳で書いた哲学的詩文。万物の原初、混沌たる空虚。物質を成す太陽のマティエール。生まれくる意識について。書くことについて。一人称で繰り広げられる、言葉の奔流。夥しいイメージ。宇宙の果てまで連れられて、生命の素粒子が生まれる寸前の明滅を、律動を、無と有を、目し続ける。物質は解体、最小単位まで離散し、合わさっていく。理性を手放し感性で応答する書。自己と世界に出会い直したい人へ。
ル・クレジオは現代文明に批判的に対峙し、人間の原型を探求し続けた。1970年代にパナマで現地民族と共同生活を送り、『悪魔祓い』を執筆した。メキシコ、日本の奄美大島、北海道なども訪れている。

『南方マンダラ』南方熊楠

『南方マンダラ』南方熊楠 河出書房新社

和歌山が生んだ知の巨人・南方熊楠が生涯独学で学問を追求した。純粋な好奇心から発した研究は、規格外の功績を収め、その所産は細胞のように緻密かつ膨大で、全容をつかむことは困難を極める。本書には熊楠の壮大な思想が横断的に収められている。夢、比較宗教、仏教、因果、不老不死、菌、霊魂、宇宙、曼荼羅——ロンドン滞在時の書簡に始まり、那智書簡などから多岐にわたるテーマが深められていく。執筆当時の言葉で描かれているため、初めはとっつきにくいかもしれない。しかも書簡の中で日常生活に触れながら自らの思想を語るため、なかなか一筋縄で吸収しがたい。熊楠の言葉と格闘しながら、あれやこれや思い巡らす時間も豊かなものだ。中沢新一氏による冒頭の解題が指南書となるだろう。柳田國男をして「日本人の可能性の極限」と言わしめた生粋の学者。混沌とした思考の森をとことん彷徨したい人へ。

紹介本一覧:
『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』トーマス・マン 高橋義孝(訳) 新潮文庫 1967年
『岬』中上健次 文春文庫 1978年
『寺山修司少女詩集』寺山修司 KADOKAWA/角川文庫 2005年
『愛の生活・森のメリュジーヌ』金井美恵子 講談社 1997年
『ムーン・パレス』ポール・オースター 柴田元幸(訳)新潮文庫 1997年
『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』中島らも 集英社文庫 1997年
『ヴィジュアル版 沖縄文化論 忘れられた日本』岡本太郎 中央公論新社 2024年
『インドへ』横尾忠則 文春文庫 1983年
『ミラノ 霧の風景』須賀敦子 白水社 2001年
『祈りの回廊』野町和嘉 小学館 2004年
『アヘン王国潜入記』高野秀行 集英社文庫 2007年
『掌の小説』川端康成 新潮文庫 2022年
『月山・鳥海山』森敦 文春文庫 2017年
『街に戦場あり』寺山修司 森山大道 中平卓馬 ちくま学芸文庫 2025年
『セルフ・ヘルプ』ローリー・ムーア 干刈あがた、斎藤英治 (訳)白水社 1994年
『地図と領土』 ミシェル・ウエルベック 野崎歓(訳) ちくま文庫 2015年
『べつの言葉で』ジュンパ・ラヒリ 中嶋浩郎(訳) 新潮社 2015年
『悲劇の誕生』フリードリヒ・ニーチェ  秋山英夫(訳) 岩波文庫 1966年
『重力と恩寵』 シモーヌ・ヴェイユ  田辺保 (訳)ちくま学芸文庫 1995年
『物質的恍惚』ル・クレジオ 豊崎光一(訳) 岩波文庫 2010年
『南方マンダラ』南方熊楠 河出書房新社 2015年

関連記事

  • Recommend
TOP