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円山応挙の高弟、奇想の系譜に連なる画家として名高い江戸時代の絵師・長沢蘆雪(1754〜1799)。今春、東京で64年ぶりとなる個展が開催され、驚異的な集客を見せたことは記憶に新しい。中でも注目をさらったのが可愛いらしい「芦雪犬」、そして芦雪の代表作で重要文化財の《龍虎図襖》だ。
この龍虎図を、誕生の地・和歌山で鑑賞できる展覧会「蘆雪生動 ―南紀 無量寺への旅―」が9月23日(水・祝)まで和歌山県立博物館にて開催中だ。和歌山で蘆雪展が開かれるのは10年ぶり。蘆雪の作品数は前回を大きく上回り、重要文化財25作品、前後期合わせて総数180点、過去最大規模の障壁画が出展されている。南紀滞在中、帰京後の蘆雪の足取りをたどることができる見逃せない展覧会だ。開始当初から注目を集め、通常の特別展の2倍以上の来場者が訪れているという。本展を担当した学芸員の袴田舞さんに見どころを聞いた。

※本記事には展示が終了した作品が掲載されています

(楡 美砂)

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和歌山県立博物館 学芸員 袴田舞さん

画風の変遷からひもとく蘆雪の南紀滞在

展示風景 蘆雪の代表作・重要文化財《龍虎図襖》

蘆雪は南紀滞在中に総計150面を超える障壁画を描いた。これは蘆雪の画業において初にして最大の連作だが、これまで一堂に集まる作品は限られていた。蘆雪の代表作《龍虎図襖》は通常、所蔵する無量寺(串本町)で公開されている。また、成就寺、草堂寺、高山寺の作品は保存状態を考慮し、通常は和歌山県立博物館で作品を収蔵している。そのため寺院では拝観できず、展覧会実施の際にのみ展示される。
この度、無量寺の収蔵庫の改修が決まり、博物館が作品を一時預かる形で本展の企画に至った。急ピッチで準備を進め、およそ一年で展覧会が実現したという。

南紀の4つの寺院を訪ねた蘆雪は、和歌山にどれ程の間滞在していたのだろうか。残された作品や文献によると、天明6〜7年(1786〜1787)、蘆雪が33〜34歳の頃に南紀を訪れたことが想定されているが、期間は明らかとなっていない。

「蘆雪が南紀にやって来た時期の確かな記録は残っていませんが、天明7(1787)年2月に和歌山から京都へ帰ったことがわかっています。諸説ありますが、少なくとも4カ月は滞在していたと思われます。今回成就寺の襖絵が修復され、解体した際に裏張りの紙に『天明6年10月27日』の日付が発見されたんです。この上に白い紙を貼り絵を描くので、10月27日よりも後に描いていることがわかります。ですから成就寺は少なくとも10月27日より後、さらに、その後に草堂寺、最後に高山寺で描いていることが記録からわかっています。
実は成就寺と無量寺はどちらで先に描かれたかはっきりわかっていません。多くの研究者の方が考えてこられて、私が賛成している立場は成就寺が1番で無量寺が2番目、3番目に草堂寺と考えています」(袴田舞さん、以下同)

制作時期などの詳細を明らかにするには、文献のほか、作品そのものが大きな手掛かりとなる。南紀滞在中の蘆雪の筆触、画風の変遷からも順番を想像できるという。

長沢蘆雪《花鳥群狗図》(部分)天明6~7年(1786~87) 紙本著色 成就寺
和歌山生まれの蘆雪犬も必見

「成就寺で描かれた絵には、まだちょっと固さがある印象を受けます。肩に力が入ってるというか、『しっかり描くぞ』という意気込みが強く感じられます。《花鳥群狗図》の小犬は結構しっかりと描かれていて、それがとてもみずみずしくて良いのですが、初発性といいますか。その中にやっぱり固さ、まだ思い切れない感覚がある気がしていて。《林和靖図》という作品も、蘆雪らしさを出そうとしてるけれども、もう一歩手前でもがいている印象を受けます。ですから無量寺で龍虎図を描いたのはその後ではないかと感じています」

長沢蘆雪《林和靖図》(部分)天明6~7年(1786~87) 紙本墨画 成就寺 ※展示終了

今にも動き出しそうな虎。串本の海を望み「ちょっと一発描いたろか」

長沢蘆雪《虎図》 紙本墨画 天明6~7年(1786~87) 無量寺・串本応挙芦雪館

蘆雪の南紀滞在の背景には、宝永4(1707)年に発生した大地震があった。有史以来最大という地震、津波により甚大な被害を受けた無量寺は、その後も災害を乗り越え天明6(1786)年、愚海文保(ぐかいぶんぽ)和尚により本堂が再建された。蘆雪の師・円山応挙は若い頃に愚海文保と交流があり、新しい寺院を建てる際には絵を描くと約束をしていた。しかし自身は事情があり向かえず、名代として蘆雪をつかわせたと伝わる。
こうしたエピソードや《龍虎図襖》の著名さゆえ、初めに無量寺で作品を手がけたものと思ってしまいそうだが、先に成就寺で制作した可能性も十分考えられるようだ。

無量寺
《愚海文保像》江戸時代(18~19世紀)絹本著色 無量寺
『三番日含』天明3~8年(1783~88) 紙本墨書 高山寺

「『三番日含(さんばんにちがん)』という、蘆雪が最後に立ち寄った高山寺の和尚が残した日記の史料があります。ここに無量寺の和尚と同行してやって来たと書かれています。ただ、初めに作品を描いたのは無量寺ではない可能性があります。というのは、成就寺と無量寺は現在で言うと同じ串本町内にあって結構近いんですよね。徒歩ですぐに行ける距離ではないのですが、行き来可能な距離と言えると思います」

作品には、制作時の気構えが如実に現れる。画面から飛び出してきそうなほど躍動的な虎の絵は、どこか力みを感じさせる成就寺の作品よりも後に描かれたのではないかという見立てだ。《龍虎図襖》で見せる生き生きとした躍動は「蘆雪生動」と名付けられた本展のタイトルの意味にも通じている。

「蘆雪の作品を一言で表したいと、いろいろ検討しました。生き生きとして動きだしそうだなと思い、『生動』と付けています。この言葉は東洋美術の教え『気韻生動』を念頭に置いています。中国南斉の謝赫(しゃかく)という画家が残した『画の六法』という、絵画における大事な要素の筆頭に掲げられているのが『気韻生動』です。気品や風格が生き生きと感じられるように描くことが大事だと、一番それを目指すべきなんだと。蘆雪の絵は生動してるよ、と伝えたくて」

長沢蘆雪《龍図》紙本墨画 天明6~7年(1786~87) 無量寺・串本応挙芦雪館

「生動」する蘆雪の画風は、師・応挙との有名なエピソードにも通じる。
修行中の若き日、蘆雪は氷の中に閉じ込められた魚を見かけたのち、氷が溶けて自由に泳いでいる姿を目にする。このことを応挙に伝えると、応挙から「苦しい修行時代を経て、氷が溶けたように自らの絵を得られる」と教わったという。蘆雪のユニークな落款、氷型に囲まれた「魚」が生まれた背景だ。

師の元を離れ、南紀の雄大な風に抱かれ、蘆雪の創造性は幾分自由すぎるほど突き抜けていく。南紀滞在中、蘆雪はどのように過ごしていたのだろうか。

「想像ですが、結構、観光を楽しんでたんじゃないかと思います。蘆雪ってお酒が好きだったみたいで。確かなことはわかりませんが、無量寺の檀家さんのお家に蘆雪の絵が残っていたり、お酒をよく飲んでいたという伝説があったり。歓迎ムードで受け入れられて、現地の人たちにいっぱい注いでもらって、京都ではなかなか望めない広い海を見て、開放感にあふれて『ちょっと一発描いたろか』みたいな(笑)」

博物館のエントランスには本州最南端・串本の紹介スペースも

龍虎図の裏面も展示。蘆雪の子供への温かなまなざし

長沢蘆雪《唐子遊図》天明6~7年(1786~87) 紙本淡彩 無量寺・串本応挙芦雪館

代表作《龍虎図襖》の裏面を目にすることができるのも、本展の大きな見どころだ。こちらは、《龍図》の裏面に描かれた《唐子遊図》(9月13日(日)まで)。無邪気に遊ぶ子供達と蘆雪犬という、何とも愛くるしいコラボレーションだ。

「《唐子遊図》は、蘆雪が抱く子供への愛おしさを感じさせますね。ほかにも仙人たちが子供の遊ぶ姿を微笑ましく見つめている作品もあり、随所に子供への優しい眼差しを感じ取ることができます」

長沢蘆雪《仙人図》(部分)江戸時代(18世紀) 紙本墨画 薬師寺 ※展示終了

なお、《虎図》の裏面には、楚々とした白い薔薇や小鳥、雌雄の鶏、猫たちと川の魚など詩情豊かな夏の景色が広がる《薔薇図》が描かれている。本作では《虎図》と同じポーズで魚に飛びかかろうとする猫の絵が見られ、視点が変われば食べる側にも食べられる側にもなりうるという、禅の教えに通じるとされている。

長沢蘆雪《薔薇図》天明6~7年(1786~87) 紙本著色 無量寺・串本応挙芦雪館 ※展示終了

無量寺の障壁画の配置図

鳩。獅子。禅の教えを伝える豊かなモティーフ

長沢蘆雪《枯木鳩図》天明6~7年(1786~87) 紙本墨画 草堂寺

蘆雪作品にはしばしば禅の思想を見ることができる。串本滞在後に蘆雪が向かった南昌山草堂寺(白浜町富田)は、江戸期には同じ宗派を取りまとめる「派頭」の役割を担っていた。それゆえか、仏教の思想が強く現れ、厳かな風格を感じさせる作品が数多く納められている。

「お寺の中央の部屋、仏壇の正面に位置する室中(しっちゅう)之間には仏教的な教えに通じるモティーフが選ばれたと考えられます。例えば成就寺の《唐獅子図》。獅子は仏にも例えられる動物です。百獣の王と言われ、恐れるものがない存在なので、仏に類するととらえられています。

長沢蘆雪《唐獅子図》天明6~7年(1786~87) 紙本墨画 成就寺 ※展示終了

また、草堂寺室中之間で特徴的なのは鳩です。鳩にはさまざまな意味が込められていますが、仏教の観点で見ると、『鳩の秤』という説話が想起されます。お釈迦様の前世、菩薩だった時代に帝釈天から試されたお話です。鷹に追われた鳩が逃げ込んできた。前世のお釈迦様は、その鳩を助け、鷹の飢えもなくすために、鳩とちょうど同じ重さとなるよう自分の足の肉を裂き、鷹に与えたという説話です。鳩と同じ分量のお肉を食べるんだから『鳩さんを逃してあげていいでしょ』と、鷹に自分の肉を分け与える。すごい話ですよね。こんなふうに鳩は、仏教の教えが示す、慈悲の心に通じるモティーフと見ることもできます」

《栽松焚経図》(さいしょうふんきょうず)にも禅の教えが現れています。本作は禅宗の創始者・達磨(だるま)から数えて5代目、6代目をモティーフに描かれた、とても禅的な画題です。筆を使わず、指や爪で描いている指頭画と呼ばれる作品です。指頭画自体は江戸時代の絵にしばしば見られ、禅宗で受け入れられやすい技法だったようです。とても渋くて味わい深い作品ですね」

長沢蘆雪《栽松焚経図》天明6~7年(1786~87)紙本墨画 草堂寺 ※展示終了

禅の思想には「指月」「一指頭の禅」といった言葉があり、指先は重要な部位とされている。現在は屏風に仕立てられている本作は、制作当時は仏間に配されていた。南紀滞在中に蘆雪が指で制作した作品は本作に限られている。草堂寺の僧への尊敬の念の表れと、袴田さんは考えているようだ。
なお、草堂寺では無量寺と同様、和尚と応挙との交流にまつわる伝承も残っており、重要文化財《雪梅図》も納められている。気品に満ち、円熟の画技を見せる師の作品は蘆雪作品と同様、和歌山の宝となっている。

円山応挙《雪梅図》紙本墨画 天明5年(1785) 草堂寺 ※展示終了
展示室では「これ最高やな」という声が聞かれた。袴田さんもお気に入りの一作

薬師寺に続く道。蘆雪は南紀滞在で何を得たのか

長沢蘆雪《松虎図》江戸時代(18世紀) 紙本淡彩 薬師寺

蘆雪が南紀に来て最後に滞在した寺院が、田辺にある高山寺だ。蘆雪は高山寺に3、4日滞在し、襖6面に加え、1畳分ほどの《寒山拾得図》、小品の掛け軸《柳に烏図》などを描いた。「その頃にはもう、大分慣れて『なんでも来い』というような気持ちもあったと思います」と袴田さんは語る。

長沢蘆雪《朝顔に蛙図》天明7年(1787) 紙本墨画 高山寺 ※展示終了
長沢蘆雪《寒山拾得図》天明7年(1787) 紙本墨画 高山寺

帰京して数年後、蘆雪は奈良の法相宗大本山の薬師寺にて障壁画に取り掛かった。制作時期は諸説あるが、寛政4(1792)年、蘆雪が39から40歳ほどに手がけられたと考えられている。

「薬師寺の襖絵には南紀で描いた数々のモティーフが再び登場します。《松虎図》では虎の絵はもちろんですし、成就寺の作品で描かれたツツジも再登場して虎とコラボレーションしています。薬師寺の絵を同時に味わうことで、蘆雪が南紀滞在で得たどの部分を持ち続け、どのように変化させていったかが見えてくるのではと思います。

画風に現れている変化としては、とてもスタイリッシュというか、華やかで洗練された印象を受けます。虎のポーズも、無量寺の襖絵は『跳んできました』と言わんばかりの躍動感がありますが、薬師寺の絵はよりシュっとして尻尾がスッと伸び、すごくかっこいいんです。そこへ色がふんだんに使われ、蓮華の花が咲き乱れ、華やかな仕上がりとなっています。
一方で、その後の蘆雪を窺わせる一面も感じ取れます。雀の描写に注目してみてください。雀は成就寺でも描かれていますが、《松虎図》の雀は目が真っ黒になっていて、可愛いんですけど少し毒気がある。蘆雪の晩年の作品は奇抜なイメージが強くなり、次第にグロテスクな雰囲気が出ていきますが、それがスズメの黒い目に少し現れ始めているような印象を受けます」

長沢蘆雪《松虎図》(部分)江戸時代(18世紀) 紙本淡彩 薬師寺

和歌山で叶える蘆雪体験。南紀を旅するきっかけに

展示風景

串本や白浜、田辺と南紀の旅を経て、帰京後に現れた画風の変化。「薬師寺に向かって蘆雪が上手くなってる」「龍と虎の迫力が想像以上」「可愛い」という声も届いているようだ。

「作品数は多すぎず、程よいボリュームなので気楽にご覧いただけたらと思います。襖絵がこれほど大きく存在感のある作品だということを、肌で感じていただけたら嬉しいです。細かい部分をゆっくりご覧いただくのもおすすめです。蘆雪の描く線はすごくきれい。一本一本味わえるので、どれだけ見ていても飽きない作品ばかりです」

和歌山と聞くと他県や関西以外の地域に在住する人にとっては遠方に感じる人もいるかもしれない。和歌山県立博物館は和歌山市中心部にあり、JR大阪駅から片道1時間半、南海難波駅からは70分程で向かうことができる。関西圏からなら日帰りも可能だ。遠方にお住まいの方も、これを機に本展の鑑賞はもちろん南紀エリアへ足を伸ばし、蘆雪の心境に思い馳せてみるのも格別な体験となるだろう。本展はいよいよ9月23日(水・祝)まで。貴重なホーム開催をお見逃しなく。

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出典・参考文献:
「特別展 蘆雪生動 南紀無量寺への旅」 図録 和歌山県立博物館 2026年

※画像、文章の無断転載・転用を固く禁じます。

展覧会情報

特別展「蘆雪生動 ―南紀 無量寺への旅―」
会期:2026年8月11日(火・祝)〜9月23日(水・祝)
会場:和歌山県立博物館
開館時間:9:30~17:00 ※入館は16:30まで
《前期》第一期:8月11日(火・祝)~16日(日)/第二期:8月18日(火)~30日(日) ※終了
《後期》第三期:9月1日(火)~13日(日)/第四期:9月15日(火)~23日(水・祝)
休館日:月曜日(ただし、9月21日(月・祝)は開館)
Webサイト: https://hakubutu.wakayama.jp/exhibit/rosetu2026/

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