この世界にあふれる光を、カンヴァスの上に舞うように描いた印象派の画家たち。日本で印象派の人気は根強く、中でも巨匠クロード・モネ(1840〜1926)の繊細な画風に魅了される人は尽きない。
モネ没後100年となる今年は、モネの創造性に触れる機会に恵まれた年だ。今春アーティゾン美術館で開かれた大規模なモネ展には、同館の開館以来最高となる41万人超の来場者が訪れた。そしてこの秋、モネが生きた時代ベル・エポックと現代を心地よく旅できる『モネと時間旅⾏』(セドリック・クラピッシュ監督)が9月18日(金)に公開。印象派誕生期の息吹を感じながら、自らのルーツと現在地を見つめ直すことができる快作だ。
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忙しない現代のパリから、家族の記憶が眠るノルマンディーへ

パリ・セーヌ川沿いのチュイルリー庭園に建つオランジュリー美術館には、モネの代表作を心ゆくまで鑑賞できる特別な空間がある。そこには睡蓮の大作8点が楕円形の展示室の壁一面に広がっている。静かな詩情性を放ち、幽玄とも呼べる空気すら醸しだす空間なのだが、本作はそこへ現代性をぶつけるシーンから始まる。
スマートフォンを片手に作品を接写し、名画をバックに自撮りする人々。いくらかわかりやすいほど、熱心なアートファンを辟易させるであろう景色が繰り広げられる。映像クリエイターの主人公セブ(アブラム・ヴァプレ)のガールフレンドに「絵より私が中心でしょ?」と言わせるあたり、監督の意図するところは明確だろう。彼女のあけすけな笑顔はアートファンの神経を逆撫でし、セブの絶句と響き合う。
クラシックなイメージが強いパリの街に、現代のリアルが合わさるのは新鮮だ。蛍光色のスポーツウェア、ビビッドなファッション。展開の早いプロモーション動画。目まぐるしく変わるトレンドを追い、テクノロジーと共に生きる忙しない日々は、日本の都市生活と通じる部分も多い。
時代感覚に揺さぶりをかけながら、映画は観る者を19世紀末のパリへ時間旅行に誘う。

© STUDIOCANAL – COLOURS OF TIME – CE QUI ME MEUT – Emmanuelle Jacobson-Roques
「皆さんは1873年生まれのアデル・ムニエの子孫です」
物語は、面識のない親族たちが集められ、先祖が残したというノルマンディーの一軒家の存在を知らされる場面から動きだす。再開発のために自治体が屋敷を買い取り、大型商業施設を建てる計画が進んでいた。代表して一軒家に入ることになった年齢も職業も異なる親戚4人は、度々フランス北西部のノルマンディーへ足を運び、家庭の秘密を紐解いていく。初めはよそよそしかった4人は次第に距離を縮め、膨大な遺品から思いもよらない家系のルーツが明らかになっていく。養蜂家でムードメーカーのギィは言う。
「古い家族のことを知れば 自分たちのことも分かる」
1944年から閉鎖されたままの古い屋敷の扉がおよそ三四半世紀ぶりに開かれ、時が止まった室内に踏み入るシーンは、胸を高鳴らせてくれる。屋敷の中には家族の歴史を伝える数々の写真、手紙、そして絵画が残されていた。それらを発掘していく姿は、骨董市で掘り出し物を見つけるようなワクワク感、大掃除で記憶の彼方にあった物に巡り合うような、幾世代も前の家族の歴史に触れるような、温かく懐かしい心地にさせる。
セブには気になっているガールフレンドがもう一人いる。ビビッドな現代ファッションに身を包む彼女がセーヌ川を背景に歌うのは、意外にも(?)深みのある哀歌のような趣の楽曲。その歌は時代を超越し、現代とアデル・ムニエが生きた時代をつなぐ。

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輝かしいベル・エポックへ時間旅行。写真の誕生、印象派の隆盛

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現代から、親族4人の先祖アデル・ムニエ(スザンヌ・ランドン)が生きた19世紀末へ。奇しくもアデル自身も、自らの生い立ちに向き合おうとしていた。彼女はノルマンディーから、生まれて間もなく離別した母に会いにパリへ旅立つ。アデルは少し緊張するように発話する。その声は、あどけなさの中に確かな芯を感じさせる。
「母のことを知らなければ前に進めないのよ」

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時代はベル・エポック。パリが華やかな繁栄を極めた時代とされ、19世紀末から第⼀次世界⼤戦開戦前の20世紀初頭にかけて芸術や⽂化、科学技術が⼤きく発展した。
写真の誕生。絵画とのせめぎ合い。印象派の隆盛。作中では、モネ、ルノワール、ドガ、セザンヌ、ピサロ、モリゾ、シスレー、写真家フェリックス・ナダール、作家ヴィクトル・ユゴーなど、今では高名な芸術家たちの在りし日の姿が活写される。カフェで集う人々や農夫など、市井の人々の描写も丁寧で、当時の風俗を感じ取ることができる。
アデルの人生をたどりながら、ノルマンディーの屋敷に残された遺品の謎が次第に解き明かされていく。鍵となるのは一枚の絵画だ。その絵画は印象派の作品と見られ、親族たちはその来歴を調べる。専門家の調査を受ける中、“印象派の殿堂”オルセー美術館、次いで印象派の作品を多く所蔵するアンドレ・マルロー近代美術館(ル・アーヴル)も登場する。
さらに、本作では印象派の由来となったモネの《印象・日の出》が誕生した瞬間も描かれている。ル・アーヴルの一室の窓から見える光景が描かれたという絵画は、どのようなシチュエーションで、どのような瞬間に生まれたのか。モネの胸中に迫る、監督独自の大胆で親密な設定にも注目だ。

脚本制作に3年。緻密な時代考証をベースに繊細に紡ぎ出された映像美

© STUDIOCANAL – COLOURS OF TIME – CE QUI ME MEUT – Emmanuelle Jacobson-Roques
監督を務めたセドリック・クラピッシュは、『ダンサー イン Paris』(2022)『スパニッシュ・アパートメント』(2002)『猫が⾏⽅不明』(1996 ベルリン国際映画祭で映画批評家協会賞を受賞)などで知られ、パリを舞台とした作品も数多く制作してきた。1900年頃のパリを舞台にした作品の制作をかねて望んでいたという。
「20 世紀を形づくるさまざまなものが発明され、社会全体が⼤きく変化し始めた時代です。当時の⾐装、装飾、美学、そして世紀末特有の空気、そのすべてに魅⼒を感じています」
監督は美術館へ足を運び、専門家へのインタビュー等を経て印象派について理解を深め、緻密な時代考証を経て3年かけて台本を制作した。
繊細な映像表現も、本作の大きな見どころだ。作品を観ていると、現代とベル・エポックの映像が見せる風合いが異なるのがわかるだろう。監督はデジタル映像特有の「冷たくて整いすぎた質感」を避け、当時の空気感にふさわしい新しい映像表現を模索した。フィルム撮影も視野に入れる中で、世界初のカラー写真「オートクローム」の質感に着目し、複数のデジタル処理を組み合わせ、シーンごとに色彩を細かく調整する手法を取った。粒子感を加えたり、特定の色を鮮やかにして他の色の彩度を落としたりと、極めて繊細な作業により紡ぎ出された映像表現だ。
そのため、過去作『スパニッシュ・アパートメント』や『猫が⾏⽅不明』のような、街の中で即興的に撮影するスタイルは取らず、「すべて綿密に計算した、幾何学的とも⾔える撮影」だったと語っている。
絵画。写真。映像。作中の芸術家たちに想い馳せながら、現代の表現媒体について地続きで考えてみるのも興味深い。
クラピッシュ監督が本作について語ったインタビューでは、こうした時代考証、映像表現や、そして画家と写真家、映像作家の創作スタイルについても踏み込んで話している。
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ルーツを探す旅を通じて、セブは少し生きるスタンスを変える。忙しなかった生活は、少し落ち着きを得たようだ。表情は自然で、爽快さがある。冒頭と対照的なエンディングは、モネに贈られたラブレターのようだった。
人は自分について知っているようで、本来の可能性に気づいていないこともままある。さまざまな常識や固定観念、鎧に覆われ形成された、自分らしき者を、自分と信じて生きていることも少なくない。芸術の香り高い時間旅行の旅は、本来の私が向かおうとする道に気づくヒントをもたらしてくれるだろう。

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『モネと時間旅行』
公式Webサイト: https://monetojikan.com/
9 月18 日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下 ほかロードショー
あらすじ
パリで恋に仕事に悩みながら、祖⽗と暮らすセブ。ある⽇、⾯識のない親族⼀同が集められ、先祖アデルが遺した屋敷を⼟地開発のために売ってほしいと迫られる。1944 年から閉ざされたままの、ノルマンディーの草原に佇む古い⼀軒家だ。セブを含む4 ⼈が⼀族の代表として、屋敷の調査をすることに。するとそこで、⽩いドレス姿の⼥性を描いた、印象派の作品らしき絵画を発⾒する。屋敷の持ち主である、謎の⼥性アデルとは︖そして、絵画の作者やモデルは⼀体誰なのか―。彼⼥と絵画にまつわる秘密が解き明かされたとき、過去と現在、理想と現実が出会い、それぞれの⼈⽣に新たな扉を開くー
スタッフ・キャスト・作品情報
監督・脚本:セドリック・クラピッシュ
出演:スザンヌ・ランドン、アブラム・ヴァプレ、ヴァンサン・マケーニュ、ジュリア・ピアトン、ジヌディーヌ・スアレム、ポール・キルシェ、ヴァシリ・シュナイダー、サラ・ジロドー、セシル・ドゥ・フランス、オリヴィエ・グルメ、ヴァランタン・カンパーニュ
原題:La Venue de l'avenir/2025年/126分/フランス/フランス語/⽇本語字幕:古⽥由紀⼦/1:2.39/5.1ch/配給:セテラ・インターナショナル