極限の大地で、人はどのような生を刻みつけるか。体ごと没入する映画だ。
スペインを拠点とするオリベル・ラシェ監督の最新作『シラート』が、6月5日(金)に公開される。巨匠ペドロ・アルモドバルがプロデューサーを担ったことでも話題の本作。2025年の第78回カンヌ国際映画祭で4冠を達成し(審査員賞、サウンドトラック賞、AFCAE賞スペシャルメンション、パルムドック審査員賞)、スペイン国内のアカデミー賞「ゴヤ賞」では最多となる6冠を果たした。
ペドロ・アルモドバルは『シラート』を「スペイン映画の新しい夜明け」と評している。鑑賞後も衝撃が体に残響し続ける強烈な作品だ。
(楡 美砂)
| ストーリー 砂漠で行われるレイブパーティに参加したまま失踪した娘を探すため、父ルイスと息子エステバンは、モロッコの山岳地帯から砂漠の奥深くへと車を走らせる。行き着いたのは、現実と幻覚が混濁するような野外レイブのカオス。耳をつんざく重低音、赤い照明の海、沈黙を貫く父親の背中。だがそこにはすでに娘の姿はなく、父と息子は、レイブの参加者グループを追って、娘が向かったと思われる次のレイブ会場を目指すことになるが……。 |
天国に続く細い道。人間の極限が試される

「シラート」とはアラビア語で「道」を意味し、地獄と天国の狭間にかかる橋を指す。
「その道は髪の毛よりも細く 剣よりも鋭いという」
本作はこんな言葉から幕を開ける。
大地のうなり声のような、耳に鳴りわたる重低音。レイブ会場でのうだるような熱気。立ち上る砂煙。若者たちは大地と融合するかのように、その身を揺らす。

父ルイスと息子エステバンの姿はレイブパーティーの会場で明らかに浮いており、一見アウトドアに出かけた親子が若者の集いに紛れ込んだかのようだ。失踪した娘を見つけるため、わずかな可能性に望みをかけ、二人は知り合った参加者たちに付いて次のレイブ会場へ向かう。広大な砂漠地帯を走る大型車の後をタグボートのように追う自家用車。
映画は、観客の想像領域からどんどん離れ展開していく。突如現れ、レイブの参加者に避難指示を出す軍隊。戦禍の危機を伝える報道。モニターに映るライラトルカドルの祈り。軍から身を潜め、不毛の地を移動する人々。娘は一向に見当たらず、行くあてのない放浪が続く。次第に観る者の方向感覚が失われ、視点の置き方がわからなくなっていく。
ドラッグ、うつろな目、片手、片足のない男。バックグラウンドが明かされぬまま、共同生活を通じて人々は心を近づけていくが、砂漠は容赦なく彼らに試練を突きつける。

ピエル・パオロ・パゾリーニの作品や、ミケランジェロ・アントニオーニの『砂丘』、勅使河原宏の『砂の女』など、砂漠は数多くの作品で舞台とされてきた。砂漠が現れる作品は多くの場合、人間社会における意味をはがし、物語に宇宙的な拡張を促す展開を見せるが、本作では人々が野生的本能と眼前の現実との間で引き裂かれる姿が容赦なく描かれる。流された血、人類の歩みに、大地が返り討ちを浴びせるような展開は、観る者を震撼させるに違いない。
生きながら極限を体感させる映画だ。率直に言って、映画を観て心を休めたいという人にはおすすめできない。観客は映像と現実の境界を揺さぶられ、自らの命がさらされるような幻覚に陥るだろう。
そんな緊迫した展開の中でも心和ませてくれる存在が、エステバンに寄り添い続ける愛犬ピパと、レイブ参加者たちと共に生きるルピタだ。ピパとルピタは第78回カンヌ国際映画祭で“観客の心を奪った犬”を称える、非公式の賞パルムドッグ賞(特別審査員賞)を受賞した。本賞は、カンヌ上映作品の中で“最も印象的な犬”に贈られる注目アワードだ。
公開された本編映像では、エステバンと共に無防備にくつろぐピパが見られる。人間たちの困り事などどこ吹く風と、優しくなでられ目を細める姿に、武骨な男の表情もゆるんでいく。愛犬たちの存在は、極限状態を生きる人々がふいに人間らしさを見せるきっかけを生んでいる。無邪気で繊細な名犬の演技にも注目したい。

ジャック・ラッセル・テリアのピパ

ポデンコ・ミックスのルピタ
オリベル・ラシェは1982年フランス・パリに生まれ、スペインでオーディオビジュアルコミュニケーションを学び、モロッコのタンジールで自主制作を始めた。『シラート』は長編4作目となる。監督は、本作について次のような言葉を寄せている。
人は死の淵をさまよう体験をすると、自分に内在する何かにヒビが入り、割れるような感覚を得ることがあります。その瞬間、変容することが可能になるのです——より良い方向へと
人生を切り拓く「道」。鑑賞後、自らの歩む道に確信を抱けるといい。
主役は音。極上の音響環境での上映も

音が主役といっても過言でないほど音響が綿密に設計されている本作。カンヌ国際映画祭でサウンドトラック賞、ヨーロッパ映画賞、ゴヤ賞などで音響賞を受賞した。また、米アカデミー賞においても音響賞にノミネートされるなど、音響面で高い評価を得ている。深く雄弁な音は観客をスクリーンに没入させ、映画の一部となるような臨場感をもたらすだろう。
そんな本作の音を存分に味わえるよう、Dolby Atmosと極上爆音上映が決定している。6月5日(金)より一部劇場にて一週間限定で上映予定だ(丸の内ピカデリー、ミッドランドスクエアシネマ、MOVIX京都、MOVIXさいたま)。空間全体に轟く立体的なサウンドデザインを味わえるDolby Atmosは、『シラート』の音響設計の真価を堪能できる絶好の機会となるだろう。
そのほか、立川シネマシティで音響に徹底的にこだわった特別上映形式「極上爆音上映(極爆)」が6月5日(金)より開始。また、映画評論家・樋口泰人がプロデュースするライブ・コンサート用音響システムを活用した「2026 爆音映画祭 in 松本」においても会期中の6月6日(土)に上映予定だ。
広大な砂漠に置かれたスピーカーは、圧倒的な存在感を放つ。轟音に身を浸し、巨大レイブ会場に迷い込んだような体験をしたい人は足を向けてみては。








公式Webサイト: transformer.co.jp/m/sirat
6月5日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラスト有楽町、 Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにてロードショー
監督:オリベル・ラシェ『ファイアー・ウィル・カム』
製作総指揮:エステル・ガルシア 製作:ペドロ・アルモドバル 脚本:オリベル・ラシェ、サンティアゴ・フィジョル
撮影監督:マウロ・エルセ 編集:クリストバル・フェルナンデス 美術:ライア・アテカ
音楽:カンディング・レイ(デヴィッド・ルテリエ)
出演:セルジ・ロペス『パンズ・ラビリンス』、ブルーノ・ヌニェス・アルホナほか
2025年/スペイン・フランス合作/スペイン語・フランス語・英語・アラビア語/115分/ビスタ/カラー/5.1ch/PG-12/日本語字幕: 杉田洋子 / 原題:Sirāt
/後援:セルバンテス文化センター、スペイン大使館 / 配給:トランスフォーマー
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