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描かぬことで、描かれる。男と女の内面。変わりゆく香港の様相。
ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の代表作『花様年華』(2000)が、【花様年華2 5周年特別版】として全国でリバイバル上映されている。特別版では、4Kレストアの本編に加え、2001年のカンヌ国際映画祭のマスタークラスにて上映されたきり未公開だった伝説的短編『花様年華2001』も同時上映。
日本で本作が2001年に上映されてから25年。現代に、どのような轟きをもたらすのか。

(楡 美砂)

食を共に。愛が脈打つ

© 2000-2001 BLOCK 2 PICTURES INC. © 2019 JET TONE CONTENTS INC. ALL RIGHTS RESERVED

舞台は1962年の香港。共同住宅に、商社の社長秘書チャウ夫人(マギー・チャン)と新聞社の編集者チャン(トニー・レオン)は同じ日に引っ越してくる。
初めから、見えない領域で物語は展開していく。二人の伴侶は姿を表さず、どこか記号的に描かれる。見る者の想像を突き放すような、他人行儀で平坦な声だ。その分、主人公二人が放つ引力が際立つ。

屋台の行き帰りに、幾度もすれ違う二人。食が二人を結びつけていく。
互いの伴侶の関係を確認する時、初めて二人は食を共にする。ギシギシと肉を切り付ける。その力みは、静かに耐えていた抑圧を解放し、発散していくようである。この時から、二人の間の空気はほぐれ、徐々に近づいていく。
その後も二人の間には食があり続ける。チャウが体調を崩したと聞いたチャン夫人は「黒ごま汁粉」を手作りし、応答する。アパート内で夜通しの麻雀が始まり、二人が部屋から出られなくなる時間は象徴的である。互いがまとう空気が溶け合った時間と言えるのかもしれない。二人は一緒にちまきを食べる。それぞれの寝顔を見る。

創造の友に。親密すぎる共同制作

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気丈さと儚さ。戸惑いと切望。
傷は共振のきっかけとなる。しかし、二人が心を通わせていくのは悲しみや怒りによるものではない。創造で、心を重ね合わせていく。

チャン夫人の聡明さ、創造性を伝えるシーンが随所に登場する。壁の花のように押し黙り、部屋の隅で新聞を読む。仕事帰りに映画を観る。妻に同じものを買いたいというチャウに対し、「同じバッグは嫌がると思うわ」と伝える。人の心理がよくわかる。

「どう始まったのか…」

初めて二人が共に創造するのは、互いの伴侶がどのように愛を育んだのか。想像し、演技をする。悲しみを紛らわすように、痛みを創造に転換する。
事実を噛み締め、受け入れた後、二人は本格的に創造を始める。

「新聞の連載小説を書きたい。実はもう書き始めてる」
「すごいわ」
「君にも手伝ってほしい」

「2046」の部屋で、育まれていく二人の作品。しばしば、芸術家にとって作品は子供と形容される。密室で創造を続ける行為は、禁欲的でありながら、あまりに親密だ。

記憶を共に。匂い立つ慕情は『2046』へ至る

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不在が、赤いカーテンを揺らす。
愛は、確かに存在していた。すれ違い。眼差しのふれあい。スローモーション。瞬間を焼き付けるように、二人は記憶を、あるいは秘密を抱き続けることで、共に歩むこととなる。

「花様年華」は、「人生が花のようにもっとも咲き誇る時代」を意味する。チャウ夫人が着こなすまばゆいチャイナドレスは、その芳雅さを象徴するようだ。同時に、ありし日の香港の様相でもある。そうして、二人の道程、創造物は、ウォン・カーウァイの集大成とも呼べる『2046』(2004)へと託される。
アンコール・ワット。遺跡に立ち、古の壁の穴に向かって話し続ける。暗闇だけが知る、チャウの秘密。互いに寄せる想いは、観客だけが胸に留める。

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本編終了後、『花様年華2001』が投影される。赤から青へ。クラシックな姿で1960年代の香港を生きていた二人が、突如、都市を生きる若者として現れる。耳に心地よいトニー・レオンのボイスオーバー。リズミカルに展開される、9分の「始まり」の物語。
『花様年華』は当初、「THREE STORIES ABOUT FOOD(食べ物にまつわる3つの物語)」というタイトルで構想されており、異なる3つの時代を描く三部作として制作予定だったという。『花様年華2001』は、デザートとして位置づけられた。
バックグラウンドが削ぎ落とされた二人の邂逅が、メインディッシュを食した後に、シャープな甘みをもたらす。

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1980年代半ば頃から2000年頃まで続いた日本のミニシアター・ブーム。香港映画は若年層を中心に支持され、ウォン・カーウァイはその筆頭となる存在だった。特に『恋する惑星』(1994)や『天使の涙』(1995)で描かれた都市の若者たちの姿は共感を呼び、自らを彩るファッションのように受け止められた。その熱狂は人々に香港という土地への憧れを抱かせたが、文化領域が中心であったように思う。しかし今、一見個人的にも映る「足のない鳥」(『欲望の翼』(1990))の放浪は、多国籍都市・香港ゆえの無国籍性へと通じている。

1997年7月1日、香港がイギリスから中国へ返還された。その前後に制作された『ブエノスアイレス』(1997)と『花様年華』は、如実に監督が香港の街に抱く望郷、残像がにじむ。それは、『ブエノスアイレス』で見せた撮影監督クリストファー・ドイルの情動的で乱れた視界から、『花様年華』でリー・ピンビンが加わり、フィックス、粘るような抑制的な視界に至る変遷に、読み取ることもできそうだ。
「五十年不変」。支配と独立の歴史を抱えるこの都市の、次なる25年は2046年に続く。その時、香港は、ウォン・カーウァイ作品は、どのような景色を見せるのだろうか。

スタッフ・キャスト・作品情報

花様年華 25周年特別版
公式サイト: https://www.unpfilm.com/itmfl25anniv/
※最新の上映情報は各劇場の公式Webサイトをご確認ください。

『花様年華 4K』
互いに伴侶を持つ男女の心の揺れをクラシカルに描く
1962年の香港。地元新聞社の編集者であるチャウと、商社で秘書として働くチャンは同じアパートへ同じ日に引っ越してきて、隣人となる。やがてふたりは、互いの伴侶が不倫関係であることに気付き――。

2000年/香港/原題:花樣年華/英題:In the Mood for Love/98分/1.66:1/広東語/5.1ch/日本語字幕:岡田壯平

『花様年華2001』
男女に愛が芽生える瞬間を捉えたポストモダンな物語
コンビニ店主の男は、常連客の1人で、いつも空腹を満たしにケーキを買いに来る女をいつしか気にかけるようになる。奇妙な偶然が重なっていき――。

2001年/香港/原題:花様年華2001/英題:In the Mood for Love 2001/9分/1.66:1/広東語/5.1ch/日本語字幕:岡田壯平

出演:トニー・レオン、マギー・チャン
監督・脚本・製作:ウォン・カーウァイ  撮影:クリストファー・ドイル、リー・ピンビン
© 2000-2001 BLOCK 2 PICTURES INC. © 2019 JET TONE CONTENTS INC. ALL RIGHTS RESERVED

受賞歴
第53回カンヌ国際映画祭 主演男優賞受賞(トニー・レオン)

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