開幕当初から人々の熱狂を呼んでいる、府中市美術館にて5月10日(日)まで開催中の「春の江戸絵画まつり 長沢蘆雪」展。連日、入場やグッズ購入のための長い列が生まれている。江戸期の絵師の中でもひときわ異彩を放つ蘆雪に関心を抱く人は多く、江戸絵画の前衛に光を当てた『奇想の系譜』(辻惟雄)の一員としても根強い人気を持つが、なんと東京での個展は64年ぶり。長く待ち望んでいたファンの蘆雪愛が爆発していると言えるのかもしれない。さらに、本展では蘆雪の動物画が多数出展されている。円山応挙と並び人気の、モフモフで愛くるしい蘆雪犬を愛でに訪れる人々は後を絶たず、あまりの反響に一部作品は展示延長となった。画面越しに伝わる躍動と対峙し、稀代の絵師の世界を探究したい。
※本記事には展示が終了した作品が含まれます
(楡 美砂)
蘆雪の描写力。師・応挙と比較して味わう

中央2点の虎図は左が応挙画、右が蘆雪画 前期展示 ※展示終了
江戸期の絵師ははっきりとした生い立ちが記された人物は少ない。本人が語ったとされる資料によると、長沢蘆雪は宝暦4年(1754)に篠山藩(兵庫県丹波篠山市)で、のちに淀藩に仕えた上杉彦右衛門を父に持つ武士の家系に生まれた。しかし蘆雪は武士にはならず画家を志す。経緯は定かではないが、円山応挙に師事していた頃に描かれた作品の制作時期を考慮すれば、20代半ばには京都に出て、応挙の元で絵を描いていたと考えられている。
応挙の画風の特徴は、なんといっても写生にある。あるがままの生き物をとらえる写実性を重視し、実物の虎を見ることができなかった時代に虎の毛皮を手に入れ描写した作品も残されている。当時主流であった装飾的な画風を受け継ぎつつも平明でリアルな絵を提示し、円山派の開祖として画技を弟子たちに伝えた。蘆雪は応挙の代表的な門人であり、応挙に倣った迫真性のある作品を多く残している。本展では、応挙門下の特徴が如実に現れた、蘆雪の緻密な描写が光る作品も多数目にすることができる。蘆雪と聞くと、その奔放でラフな画風の印象が強いかもしれない。自身も長年、そうした作品を中心に鑑賞してきたが、本展で対象を繊細に紡ぎ出す作品を多く目にし、実に新鮮だった。蘆雪の確かな技術と繊細な表現力を実感でき、とても満足させられた。
特に本展の冒頭で観ることができた《虎図》(※前期展示 展示終了)は、虎の凛々しい表情も構図も実によく決まっており、蘆雪の技量の高さを伝える。隣に展示される師・応挙の虎はさすがの次元だが、これらに関しては両者ともに遜色ない出色の出来栄えで、「上手に描けますよ、やろうと思えば」という蘆雪の声が聞こえてきそうだ。ほかにも、鱒や鴨、鶴など、多様な画題で師弟の作品を見比べることができる。熟達した筆触を見せる応挙と比較し、蘆雪の作品には、どうしても随所に個性がにじむ。波打つ尾ひれ。きろりとした目。スカしたおとぼけ感が漂うところが愛おしい。
奔放なタッチ。のびやかに、画面を越境する絵師の気迫

(右の双幅作品)《鐘馗・蝦蟇図》 前期展示 ※展示終了
緻密な筆さばきを鑑賞したのち、ラフなタッチで描かれる奔放な画風の絵を堪能すれば、蘆雪の気性、思想がいよいよ露わになっていく。その絵は覇気にあふれ、「勢い余って」という言葉が似合う、偶然性に拠った絵が多数並ぶ。
日本画の代表的な画題《鐘馗・蝦蟇図》。本作は、まさに勢い余る筆触で、画面から飛び出るほどのサイズで魔除けの神・鐘馗が描かれる。画面から吹き荒ぶような強烈な風。頭から胴、下半身にかけて、決してバランスがよいとは言えないのだが、力で押し切ってくるような気迫を放っている。左幅に描かれたカエル、蝦蟇(がま)との奇妙な対比も面白い。中国において蝦蟇は、毒をもたらす「五毒」の一つとされたという。不自然なほど大きく、のぼー、と虚空を見る、どこかふてぶてしい姿。両者の視線が合っていない点も奇妙さを助長する。

中国・唐時代の天台山国清寺の禅の高僧・豊干は、虎を乗り物にする奇行で知られた。豊干は、自由で変わり者扱いされがちな隠者であった寒山、拾得を気に入り、共に過ごす。寒山は文殊菩薩、拾得は普賢菩薩の化身とされ、豊干、寒山、拾得の三者は三聖と称される。
蘆雪は禅画を多く残し、こうした画題も繰り返し描いた。虎に寄りかかり、豊干、寒山、拾得が眠っている。1匹と3人が寝ているため四睡図と呼ばれる。ここで描かれる虎にリアルさは観られず、三者にすっかり心を許し、同化するかのような心地よい表情を見せている。

虎が豊干に寄りかかる作品も。四者は一体となり、まどろみの中だ。一番下で眠る者はかなりの重量がかかっているはずだが、口元をゆるませ、なんとも喜びに包まれた表情を見せている。本作は、蘆雪が紀南滞在中に滞在した草堂寺から出品された。

長沢蘆雪《唐子遊図襖》
本作は横幅10mに及ぶ長大な9面の襖絵だ。中国風の衣服を着た人々、主に子供たちが子犬とともにじゃれ合い遊ぶ姿が描かれている。ダイナミックで臨場感あふれる描きぶりに引きつけられる群遊図。崖の上で笑い合い、上ってくる子に手を貸す、臨場感ある子供たちの姿。崖から地上を望むと、そこでは大人も子供も談笑しながら穏やかに遊び、子犬たちも楽しげに走り回っている。左側には旗揚げをして楽しむ人々の姿も見られる。蘆雪犬好きには嬉しい、3匹の子犬が重なりじゃれる姿や、人に腕を捕まれ、いやいや連れていかれる子犬の姿も。一つひとつの描写に蘆雪のまなざしがにじみ出ており、観ていてとても楽しい。

線の濃さの違いから蘆雪の描き順や意図も想像される。衣服や毛並みに比べて顔や腕、足の輪郭がくっきりとしており、表情や人物をしっかり描こうと試みたようにも受け取れる。本展では、襖画を描く前に描かれたと見られる画稿も展示されている。完成後の作品と照らし合わせてみるのも一興だ。
蘆雪は生涯の中で4人の子供を失ったとされている。30代になって以降、流産、3歳の女の子、2歳の女の子と男の子を亡くす。そうした体験も相まって、子供たちの愛らしく快活な姿を好んで描いたと見る向きも強い。
ワンコロコロコロ大団円。癒やしをふりまく愛しい子犬たち

コロコロ転がるワンコたち。本展のメインビジュアルでもある愛くるしさに満ちた逸品だ。
9匹の犬たちが無邪気にじゃれあい遊んでいる。中央の2匹の絡まりに着目すると、その足の動きがなんとも愛おしい。中央の、こちらに背を見せる黒白の犬に飛びつく右の犬は、喜びのあまり後ろ足を高く投げ出している。中心奥左側で幸せそうに目を細め、身を寄せる白犬。右側でじゃれつく犬たちは、どの子も目を輝かせて幸せそう。そして、愛嬌ある後ろ姿。中央左の白犬のくるりんと巻かれた尻尾。左隣でお尻を見せる黒犬。見ているだけで穏やかな心境にさせてくれる子犬たちを前にすると、一緒にワシャワシャと遊びたくなる気持ちにかられることだろう。
江戸期に犬が描かれるようになったのは、中国や朝鮮の絵画の影響が大きい。日本では、室町時代に描かれた作品もあるようだが、江戸期に犬の絵画が多く入国すると、次第に犬の画題が増えていく。狩野派や、伊藤若冲による犬の絵画も残されている。しかしその頃はまだ中国画の影響が強く、実際の犬とは近しくない描写で、中国風の表現が評価されていた。独自の犬を描き出したとされる絵師の一人に江戸前期に活躍した琳派の開祖・俵屋宗達がいる。朝鮮風の特徴は残るものの、水墨画で独特の風合いを持つ犬の絵を残している。そして、子犬を描いた「狗児図」で、一大ムーブメントを巻き起こしたのが円山応挙だ。そこへ、弟子である蘆雪は自然な流れで便乗したと言える。

ワンコたちの可愛さの特徴に、しばしば挙げられるのは、その足の崩し方だ。子犬たちは片足を投げ出し、くつろいでいる。この足を放り出すスタイルを編み出したのは応挙だが、蘆雪も気に入ったのか、さまざまな作品で連発している。

本作は、どこか円熟さも感じさせる一幅だ。柔らかな毛並み、賢そうな表情の子犬たち。上部へたおやかに伸びた木蓮の花は、緻密な描写でとても優美だ。絵師の個性よりもまず、技巧に魅せられる本作だが、右奥で目を細めて眠る子犬や、長い背中を見せて足を崩す、どこか人のような佇まいの子犬に、蘆雪の作家性を見出すことができる。

こちらのワンコはお腹を見せ、もはや宴会の席にいるかのようなくつろぎ方である。本間美術館(山形県)で人気の子で、「くーたくん」と呼ばれているそうだ。一見、瞬時に墨で描き終えたかのようなラフな描きぶりに見えるが、淡い赤の線が描き添えられている箇所もあり、一手間加えられている。

ついにお目見え!ニャンと迫力に満ちた虎と龍

4月14日(火)から始まった後期展示では、本州最南端の和歌山県串本にある禅寺・無量寺に収蔵される蘆雪の傑作《龍虎図襖》がお披露目されている。本作は、天明6年(1786)、蘆雪が33歳の頃に制作された。宝永4年(1707)に起きた地震による甚大な津波被害を受けた無量時は、本堂を流失してしまう。ようやく再建された天明6年、応挙に制作依頼が入るが、多忙の応挙は向かうことがかなわず、自作の絵を託し、弟子の蘆雪を送ったのだ。降り注ぐ陽光のもと、荘厳な太平洋を望む串本の地で、蘆雪は大作に挑み、絵筆をふるった。
型破りで猛々しい虎。ラフなタッチの作品と比較すると、解放と緊張の両方を感じさせる作品だ。伸びやかな筆遣いでありながら、随所に巧妙な抑制が見られ、ラフというよりは洗練を感じさせる。きろりと光る虎の目、鋭い髭、やわらかな毛並み、毛の柄を表現する墨のにじみ。魚眼レンズでのぞいたような、リズミカルな流線を帯びた体。くるりんと巻かれた愛嬌ある尻尾。筆は冴えわたり、細部まで神経をゆきわたらせ活写されている。すさまじい気迫ではあるが、どうしても、かわいい。
なお、この襖の裏面には種明かしのような絵が描かれている。そこには川から跳ねる魚の前で威嚇する猫の姿がある。猫は虎と同じポーズを取っており、魚視点で見た時、猫は虎のように映ることを示すとされる。この虎が、どこか猫のように可愛いのはそういうわけなのだろう。蘆雪の落款は「魚」の字からなり、魚に自身を重ねたという解釈もある。人から見た虎。魚から見た猫。観る者の視点にゆらぎを加える、蘆雪流の禅の問いかけが隠されている。
※本展では裏面の展示はありません
この虎は「かわいい」の範囲だが、対となる龍の画はまさに奇想の領域。もはや手のつけられない、破天荒な龍神の姿。どこか曽我蕭白の雲龍図にも通ずる常軌を逸する表情だが、より軽やかで動きのある点に、蘆雪独自の風合いを感じさせる。左足を前に出す虎に呼応するように龍は右足を出し、鋭い爪を見せている。胴体のほとんどは襖の外だ。寺の中でその絵を観れば、龍が寺全体を覆い、守るようなイメージが生まれてくるだろう。
竜と虎は、古代中国では天地の守護神を表す。これらの襖絵は、本堂の西に虎、東に竜が配され、まさに守護神としての役割を果たしてきた。
いつの頃からか無量寺の虎図に惹かれてならず、関西の地元からも決して近くはない串本へ、家族と特急「くろしお」に乗って向かったことがある。この地を蘆雪が訪れ、串本の風を受けながら、これほど壮大で勇猛な作品を描いたことを思うと感無量だった。お寺の方が、長旅に疲れた甥に「ニャンコさんいるよ」と話しかけてくれていた。作品と土地のつながりは根強い。この虎は地元の人にとって、愛すべき猫のような存在なのだろう。本展で竜虎図を初めて目にするという方は、ぜひいつか、串本の地で再会されることも強くすすめたい。ほかにも、成就寺や草堂寺、高山寺、持宝寺などの紀南エリア、応挙及び応挙門下生の作品を観ることができる兵庫の大乗寺など、蘆雪の足取りは各地に残されている。
才気煥発な絵師の画業をたどり、古びた枠組みを取っ払う
長沢蘆雪の生涯は謎に包まれたところも多いが、現存する数々の作品の躍動こそ、絵師の気質や、心のありよう、生きざまを、今日に余すことなく伝えている。蘆雪には惑いがない。繊細な表現も見られるが、どこか達観した、とぼけた性質が見て取れ、どうにも安心させられる。安定した技術は感性を磨き、感性はのびのびと型を超越し、どこまでも拡張していった。
府中市美術館では2005年以降、毎年春に江戸絵画の展覧会を開催してきたが、本シリーズは今回で終幕になるという。中でも蘆雪は最多といえるほど出展された中心的存在だった。蘆雪の画業を一挙に展観できるまたとない本展の会期は5月10日(日)まで。奇才の世界と存分に対峙し、その型破りな感性に触れてはいかがだろう。
参考文献:
「春の江戸絵画まつり 長沢蘆雪」図録
『奇想の系譜』辻惟雄 筑摩書房 2004年
展覧会情報

| 春の江戸絵画まつり 長沢蘆雪 会期: 2026年3月14日(土)~5月10日(日) 前期:3月14日(土)~4月12日(日) 後期:4月14日(火)~5月10日(日) 開室時間:10:00~17:00(入館は16:30まで) ※混雑時は入場制限あり 会場:府中市美術館2階 企画展示室 休館日:月曜日(5月4日は開館) Webサイト: https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/tenrankai/kikakuten/2026_Rosetsu.html |