フィンセント・ファン・ゴッホの作品を目にし、湧き上がるもの。それはどんな衝動だろうか。鮮烈な光。生命力、荒々しさ。その力強い筆触から、ゴッホの生命力に鼓舞された経験を持つ人は多いだろう。《ひまわり》《星月夜》《夜のカフェテラス》——代表作は、いずれも色彩豊かで躍動感にあふれている。ゴッホに暗い印象を抱く人は少ないかもしれない。しかし、ゴッホの出発点は地中に在るような色彩からだった。
ゴッホが画家を志した初期の作品、印象派との出会い、色彩に目覚めていくまでの歩みをたどることができる展覧会『阪神・淡路大震災30年 大ゴッホ展 夜のカフェテラス』が2026年2月1日(日)まで神戸市立博物館で開催中だ(福島、東京に巡回予定)。本展では、ゴッホの作品を豊富に所蔵するクレラー=ミュラー美術館のコレクションから《夜のカフェテラス》など約60点の名品の数々を目にすることができる。ゴッホの人生と創造の変遷を見つめたい。
(楡美砂)
掘る人。ゴッホが生涯描き続けた楽園追放に通じる画題

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

フィンセント・ファン・ゴッホ (1853〜1890)は、オランダ南部にあるズンデルトで祖父も父も牧師という家系に生まれた。叔父は画商で、芸術・文化に親しみながら育つ。幼少期より気難しい性格だったと見られ、なかなか周囲となじめず中学を中退している。その後、16歳の頃から叔父の画商・グーピル商会の社員として働き始め、ハーグ支店、ロンドン店、パリ店などで勤務するが、次第に仕事に疑問を抱き1876年に離職する。元来信心深かったゴッホはその後、職を転々としながら神の言葉を伝える伝道師を目指すものの、非社交的で枠から外れた行動が目立った影響もあり、周囲から変わり者扱いされ道が閉ざされる。
そんなゴッホを支え続け、生涯にわたり最大の理解者であり続けた存在が弟のテオだ。テオもグーピル商会に勤め、兄の絵画制作を支え、制作資金を支援し続けた。1872年以降、ゴッホとテオの文通が始まり、残された手紙はゴッホの生涯を今日に伝える重要な資料となっている。

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

ゴッホが画家になる決心をしたのは1880年、27歳の時。伝道師になる夢が絶たれ、画家として神の言葉を伝えたいと心に決める。ゴッホが敬愛した画家の一人にジャン=フランソワ・ミレー(1814〜1875)がいる。フランス・バルビゾンでありのままの自然、農民の姿を描いたバルビゾン派の代表作家ミレーは、農民出身だ。牧師家系のゴッホはその生活を深く知るわけではなかったが、農民たち、労働者の姿に信仰を重ね、時に同じ生活をし、魂のありようを見つめた。
本作はミレーが歴史画から「農民画」へ向かった時期に描かれたもので、代表作である〈落穂拾い〉(1857年ほか)や、〈種まく人〉(1850年ほか)と系譜が連なる作品だ。
女性が釜戸にパン生地を入れて焼くところを捉えている。柔らかな光の当たる背中は頼もしく、人物の体躯を静かでありながら荘厳な風合いでとらえている。
1881年11月、ゴッホはバルビゾン派の影響を強く受けるハーグ派のアントン・マウフェ(モーヴ)に絵画の技術を学ぶために、オランダ・ハーグを数度訪れる。

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

本作は、叔父からハーグの風景画の制作注文を受けて描いた作品の1点だ。奥行きのある構図で、ハーグの街並み、そこでの生活が垣間見える。ハイライトのように際立つ白が、人や事物の存在を浮き立たせている。思考の跡が感じられる構図に、遠近法の表現が見られ、ゴッホが習得した絵画技法を積極的に実践していることが読み取れる。ゴッホは本作を叔父からの注文で制作した。テオ宛の手紙に、本作をおそらく叔父が気に入らないであろうことに言及しつつ、「遠近法とプロポーションとの練習となった」と記している。

(右)フィンセント・ファン・ゴッホ《織機と織工》1884年6月-7月 油彩/カンヴァス 61×93cm クレラー=ミュラー美術館
ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

ゴッホは農民たち、織工、中でも掘る人を数多く描いた。静謐な空間で織機に向かう織工の姿は、人を寄せ付けない崇高な空気を醸している。
そして、掘る人。ゴッホが生涯にわたり描き続けた画題だ。掘る人は、農耕という労働の象徴的存在であり、ゴッホはその姿に信仰を重ねた。聖書において楽園を追放されたアダムに課せられた仕事こそ、農耕であった。農耕は、1日で完成する行為ではない。肥沃な土地となるよう耕し、種を植え、水をやり、成長を見守りながら、芽吹き、収穫の季節を迎えるまで育てていく。植物が天を仰ぐに至るまで、人は幾度も地に向かい合う。それはどこか、創造において作品が生まれていく過程を示すようでもある。

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

自分のことを農民画家だと言うのは実際そうだからだ。君もそのうちもっとはっきりわかってくるだろうが、僕はそう呼ばれるとくつろいだ気になる。また、僕が炭鉱夫たちの家とか泥炭切り出しの農夫とかここの織工や農民たちの家の火のそばで考えながら——仕事のために考えるひまがないときは別として——いく晩も過ごしたのはむだなことではなかった。その一日仕事の全時間を通して農民生活を見つづけることによって、僕はすっかりそれに心を奪われ、実際ほかのことはほとんど考えないほどになってしまった。
(テオ宛の手紙 1885年4月30日『ファン・ゴッホの手紙』みすず書房 2001年)

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.


ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

ゴッホは37年という生涯で時に激情を燃やし、幾人かの女性に焦がれ、求愛したが、それが実ることはほぼなかった。ただしハーグ在住時に、娼婦で、妊娠中であったシーンと出会い、一時期において家族のような暮らしを送っている。本作は、シーンが息子ウィレムを抱えた姿が描かれている。シーンは、ゴッホ初期のドローイングの名作《悲しみ》のモデルとなった女性だ。子供を抱きこちらを見据える女性。暗い色調、黒い衣服、顔に刻まれたシワ、血色のない肌、そこには美を引き立てる意図は見られず、対象に迫るような深い筆触が残る。息子の帽子が放つ白が対照的だ。

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

1883年冬、ゴッホは両親が住むニューネンに移り住む。この頃、ゴッホは頭部を見据えた作品も多く制作している。こちらの作品は、ニューネンで働く女性を描いた作品。ニューネンのガーゼの白い帽子は、ゴッホの関心を引いた。大きな白い帽子が、暗闇の中でほのかな光を見せる。闇に染められた人物の肌、衣服、白い帽子が薄暗い色を発し、プリーツや布の膨らみの陰影が巧妙に描かれている。

パリへ。印象派との出会い、色彩の目覚め

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

闇の中の明暗表現を追求したゴッホに新しい変化を促したのはフランスで興った印象派である。パリに住むテオはゴッホに印象派を見た方が良いと手紙で伝え、ゴッホは次第に関心を強めていく。1886年、ゴッホはテオを訪ね、その日からモンマルトルのアパルトマンに居候し始める。そこで最前線の芸術、多くの画家に出会いながら創造に打ち込んだ。
ルノワール、モネ、セザンヌ、スーラ、シニャックなど、印象派の代表作家がゴッホの世界に刺激を与え、色彩が開花していく。本展では、こうしたゴッホと同時代に活躍し、影響を与えた作家たちの名品も数多く展示されている。

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.


ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

1868年にピエール=オーギュスト・ルノワール(1841〜1919)により描かれた初期の大作だ。ブルジョワジー向けのサーカスを描いたもので、サーカスに近接するカフェのオーナーから依頼を受け、制作した。印象派の代表作に見られる軽快な筆致よりも正確さを重んじた風合いで、白塗りの道化師ジョン・プライスがほぼ等身大の姿で描かれている。

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

カフェで機嫌良く何かに見入る女性たち。後ろのハットを被った紳士や通りがかりの男性が彼女たちに視線を注いでいる。輪郭線がない軽やかな筆触で個々の意気揚々とした瞬間が押さえられ、カフェの活況を伝える。

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

クロード・モネ(1840〜1926)による本作。普仏戦争が1870年に勃発し、モネは疎開先のロンドンからパリに戻った後、セーヌ河畔の街・アルジャントゥイユに移住する。バルビゾン派のアイデアが元となったアトリエ舟に身を置き、風景を見渡し絵を描いた。水上のアトリエでは、工業化が進む街に目を向けずに360度自由な方角を見据えて絵を描くことができた。中央にぽつんと浮かぶアトリエ舟や奥に広がる緑が水面に映り、心地よい揺れを届けてくれる。

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

印象派の創始者の一人であるカミーユ・ピサロ(1830〜1903)は、初回からすべての印象派展に作品を出展した。本作は1877年の3回目の印象派展に出品したもので、パリ近郊のポントワーズで描かれた。前方から中央にかけた田園風景は彩度が高く、遠くに臨む山並みが淡い色ににじむ。空気遠近法により、麓から立ち上がる一筋の虹に目を奪われる。スーラやシニャックたちとも交流し、点描技法を取り入れながら独自の表現技法を確立した。

(右)マクシミリアン・リュス《モンマルトル郊外、シャンピオーネ通り》1887年 油彩/カンヴァス、45.5×81cm クレラー=ミュラー美術館
ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

モンパルナスの労働者階級の家庭で育ったマクシミリアン・リュス(1858〜1941)。精細な点描により構成された本作は、モンマルトルからの眺望が描かれており、工業化が進むサン=ドニの工業地帯がとらえられている。同時代の画家が資本主義の産物、デパートや大通りなどに目を向ける一方、素朴な自然や街並みに視線を向けた。一見閑静で穏やかな画面だが、空に浮かぶ煙、煙突を描く淡々とした筆触に、批評的視点も読み取ることができる。

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

少女を乗せて海辺を行くロバ、それを引く男の姿がラフなタッチで描きとられている。ロバの体、少女の衣類の上に随所に添えられた白、背景の海と空の青を背景に鮮やかに浮かび上がる。軽やかな筆のタッチは、当時の瞬間、波の躍動を音とともに連れてきそうだ。ハーグ派の主導的存在であったヨーゼフ・イスラエルスの息子イサーク・イスラエルス(1865〜1934)は「描きすぎてはならない。長くても2時間までだ。あまりに長く描いていると、新鮮さが失われてしまう」という言葉を残している。
作家たちがいきいきと織りなす画面に触発されながら、ゴッホの絵に変化が生まれ始める。ゴッホは積極的に色彩の実験を始め、その画面には暗い色調が消え、光、喜びが垣間見えるようになっていく。

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

ゴッホは花を描き始める。本当は人物画を描きたかったが、モデル代を確保できず、花を描いて色彩を研究した。赤と緑、黄色と紫、など対比となる色の極端な対比を避けるために試行錯誤したことが当時の手紙に残されている。中間色として万能な灰色でなく、「強烈な色彩を描き出そうとしている」と。一年後に描かれた花の静物画はより軽快な筆使いで、明るい作品に仕上がっており、ゴッホの新境地を見ることができる。

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.


ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

ジョルジュ・スーラを思わせる点描が際立つ本作。やわらかなピンクが散らされ、温かで、洒脱なカフェの空間が生み出されている。けれども、その筆触は均一ではなく、あちこちに筆の強弱が見られる。そうした点に、ゴッホがオランダで積み重ねてきた表現、土着的な、均一な力で抑えきれない生命力のみなぎりを感じ取ることができる。
ゴッホがまさに自らの絵の方向性を見出し、突き進もうとしていた時期だろう。この頃、アルルで共同生活をすることになるポール・ゴーガンや、代表作として名高く、穏やかな老人の表情、背景の浮世絵が味わい深い《タンギー爺さん》のモデルとなったジュリアン・タンギーにも出会い、交流を深めている。ゴッホが日本に出会ったのもこの時期だ。ゴッホとテオは共に浮世絵に魅せられ、400点超の浮世絵を収蔵していた。ゴッホにとって日本の存在は大きく、和を重んじ、光に満ちた国へ憧れを強くし始める。

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
パリとの別れが表現されたと見られる作品

1887年、ゴッホは都会の喧騒、人間関係などに次第に疲れ、自然の静けさを求めるようになる。日本に憧れ抱いたような光を求め、188年2月、南仏アルルへと向かう。

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

黄色、オレンジ、青、緑など鮮やかな色彩で夕日と柳をとらえた本作は、ゴッホがアルルに移り住んだ初期、1888年3月頃に制作されたと考えられている。夕日が一面を染め上げ、太陽の輝きに呼応するように、草木に光の筋が見られる。画家は再び自然に向かい、空を見上げ、太陽や星の輝きを画面に描き出す。

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

ゴッホの代表作として名高い《夜のカフェテラス》。夜に光るカフェの黄色に惹きつけられる。青い夜。星。石造りの道を歩く人々、街路樹。向かいから発せられる煌々とした光。どこか浮世離れした光だ。ゴッホは、カフェにたむろする人々、ウェイター、その空間に狂いを見出している。
『夜のカフェ』の絵で、僕はカフェとは人がとかく身を持ち崩し、狂った人となり、罪を犯すようになりやすい所だということを表現しようと努めた。結局、僕は柔らかなピンクと血の色の赤とワインのおりの色、柔らかなルイ十五世=グリーンとヴェロネーズグリーン、それらと対照をなしている黄緑色とどぎつい青緑色、これらすべては淡い硫黄色の、地獄の業火の雰囲気のなかにあるが、これらの対照を通していわば居酒屋の闇の支配力を表現しようと努めた。とはいえ、それを日本風の陽気さとタルタランの人のよさという外見のもとで描いたわけだ。
(テオ宛の手紙 1888年9月8日 『ファン・ゴッホの手紙』みすず書房 2001年)
ゴッホの人生をたどり、生命力の源を探求

ⒸCollection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.

ゴッホは時に、「炎の人」と例えられる。大胆な筆使い、独自の彩色、生命を突き動かすような力強さ。火のような躍動をゴッホの絵に見る人は多いだろう。対して、ゴッホの絵に暗く、土着的なイメージを抱く人はどれだけいるだろうか。オランダでの制作は、ゴッホにとって静かに芸術の土壌を耕す時間であった。地中の闇を見つめ続けたからこそ、荒ぶる炎のように激しく、力強い色彩を描くことができたのかもしれない。ゴッホの豊穣な土から生まれた作品は、底抜けに力強く、うねりのような生命力を放ちながらこの世界に芽吹き、まばゆい色で咲いた。その歩みを共にできる時間は、ゴッホの胸の内やその目が見据えた視界に触れられるまたとない機会となるだろう。
また、2027年2月には「大ゴッホ展」第2期が開かれ、代表作《アルルの跳ね橋 (ラングロワ橋)》や《夜のプロヴァンスの田舎道》が日本にやってくるという。第2期展ではゴッホのアルル時代から晩年の画業が展観される。ゴッホが憧れ続けた土地、日本とどのような交感が生まれていくのか、そうした視点も据えながら鑑賞したい。
出典・参考文献:
『大ゴッホ展』図録
『ファン・ゴッホの手紙』フィンセント・ファン・ゴッホ、二見 史郎 (編訳), 圀府寺司 (訳) みすず書房 2001年
『ゴッホ 契約の兄弟——フィンセントとテオ・ファン・ゴッホ』新関公子 ブリュッケ 2011年

展覧会情報
| 大ゴッホ展 Webサイト:https://grand-van-gogh.com/ 神戸展 Webサイト:https://www.ktv.jp/event/vangogh/ 【神戸】 会期:2025年9月20日(土) ~ 2026年2月1日(日) 会場:神戸市立博物館 開館時間:9:30〜17:30 ※金曜と土曜は20:00まで。 ※1月27日(火)、28日(水)、29日(木)、2月1日(日)は開館時間を9:30~20:00に延長いたします。 ※展示室への入場は閉館の30分前まで 休館日:月曜日 ※月曜日が祝日または休日の場合は開館し、翌平日に休館。 美術館Webサイト: https://www.kobecitymuseum.jp/ 【福島】 会期:2026年2月21日(土)~5月10日(日) 会場:福島県立美術館 開館時間:9:30〜17:00 ※最終入場は16時半まで 休館日:月曜日(2/23、5/4は開館)、2/24(火) 美術館Webサイト: https://art-museum.fcs.ed.jp/ 【東京】 会期:2026年5月29日(金)~年8月12日(水) 会場:上野の森美術館 開館時間:未定 休館日:未定 ※月曜日が祝日または休日の場合は開館し、翌平日に休館。 美術館Webサイト: https://www.ueno-mori.org/ |