北欧と聞くと、なぜか緊張がほどけ、やわらかな風が通り抜けていくような心地よさに見舞われる。それは、北欧の国々から届く、家具や雑貨、キャラクター、ファッション、映画など、多種多様な文化がもたらす空気によるものだろう。
4月12日(日)まで開催中のスウェーデン絵画の展覧会「東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」が好評を呼んでいる。スウェーデン国立美術館の全面協力のもと開かれた本展は、そこに身をおくだけで呼吸が深まるような、スウェーデンの優しい光、自然、豊かな生活が広がる空間となっている。
※作品は全てスウェーデン国立美術館 蔵
(楡 美砂)
宙に舞う妖精たち。気の通りの良い画面

来場者を初めに出迎えてくれる本作。手をつなぎ円になり、やわらかく舞う妖精たち。穏やかな陽の光を受け、祝祭をしているのか。しなやかな腕は凪いだ波のように流線を描く。肌を照らす、夕日の朱色が優しい。見つめているだけで、絵画の時空に溶け入るような感覚がもたらされる。
ニルス・ブロメールは、スウェーデン王立美術アカデミーで学んだのち、ドレスデンを経由してパリに留学する。スェーデン独自の芸術の確立を目指し、北欧の神話や民間伝承を題材に取り入れた。妖精たちの背景には、馬に乗る人物や、遠くにスウェーデン国王が建立したグリップスホルム城の影が見える。スウェーデンの黄昏時を彩る光景を、細部まで味わいたい。

スウェーデンでは、美術教育機関として1735年に王立素描アカデミーが創立。1810年に王立美術アカデミーへと改称され、ここで多くの画家たちが学んだ。当時のスウェーデン美術は、18世紀末からフランスやドイツで起きた、感性、主観に重点を置くロマン派の影響が強く、北欧の画家たちの多くは、風景画の授業がさかんだったドイツ・デュッセルドルフを目指し、徹底的な自然観察を通じて崇高な風景を描く技法を獲得していった。そうした潮流を受けつつ、帰国後に制作や教育にあたった作家たちは、次第に雄大で迫力のある自然描写から、スウェーデンらしい穏やかな風景へと画風が変化させていき、自国独自の画風を生みだしていく。

本展では、スウェーデン美術の黄金期とされる1880年代から1915年にわたる作品が中心に展示される。この時代を生きたスウェーデンの画家たちの多くは、芸術の中心地パリへ留学するが、そこで習得したレアリスムや自然主義をふまえて、独自の視点や抒情性を重視する作風を確立していく。

(右)カール=フレードリック・ヒル《モンティニー=シュル=ロワンの階段》1876年(年記)油彩、カンヴァス
路地の陰影、山道や階段の勾配。光や風を捉えんとする作家たちの視点。ふ、と引き込まれるような気の流れを感じさせる。道、階段はどこへ続くのか。気の通りと光のうつろい。中央に主題を立てず抜けを生みだし、視線を画面の奥に誘う構図が実に巧みだ。これらの絵を描いたヒューゴ・ビリエル、カール=フレードリック・ヒルも自国で絵を学んだのちにフランスへ向かった。
ビリエルはモンマルトルを拠点に活動した。本作はモンマルトルの路地裏をとらえたものだ。自然豊かなバルビゾンにも滞在した一方、都市生活の描写にも長けており度々サロンに入選したが、幼い頃から病弱で、ストックホルムへの帰途に若くしてこの世を去る。
ヒルは、パリでカミーユ・コローの詩情豊かな風景画を目にし、強い示唆を受ける。また、印象派やセザンヌの構造的な視点も吸収しており、本作においても岩肌や階段に当たる陽光、道の端にひっそりと存在する人影のコントラストや構図に、その跡が見られる。

楚々とした静けさを感じさせる作品が多く展示される中、こうした生命力あふれた作品も目にすることができる。白い歯を見せて笑う、スペインのたくましい男たち。当時を生きる人々の活気がそのまま伝わる、瞬間を収めたような画面だ。
アーンシュト・ヨーセフソンはストックホルムで絵を学び、1879年代にパリに居を移して画家仲間たちと共同生活を始める。ストックホルムで活動時は伝統的な歴史画を多く描いていたが、パリでの制作を経て、光にあふれた色彩へと画面が変化してゆく。
本作はその後、スペイン滞在時に描かれたもので、現地で鍛冶屋たちから「自分たちを描いてくれ」と言われたそうだ。ヨーセフソンは、スペイン南部の陽光に満ちた気候や、ロマたちの暮らしに深い関心があった。本作はベラスケスの《ウルカヌスの鍛冶場》や《バッカスの勝利(酔っ払いたち)》から着想を得ていたと考えられている。

本展で見られる絵画は、王道の題材、構図をなぞっていない点が大きな魅力の一つだ。その代表例の一つが本作だろう。中央に立つ背を向けた人物。取り巻く女性の姿や表情から、どのような話題を共にしているのか、想像がかきたてられる。画面が破綻せずに一つの空気感を生み出しているのは、ヨーセフソンの視点の鋭さ、構図の巧妙さを示している。
ヨーセフソンは農民の質素な暮らしをあるがままに描くレアリスムに関心を寄せ、フランスの小村ガルジレス・ダンピエールで本作を描いた。人々の合わない視線。一瞬の沈黙、漂う異様な空気を画面に収めている。

人々の労働の姿が飾り気なく描かれた作品も多い。石切り場で働く労働者たちの背中は不動の佇まいを見せている。背景に大きく描かれる、そそり立つ岩肌、その上部で生い茂る緑が余韻を残すように空に浮かぶ。左下に堆積する石から右上に広がる空に向かい、気が通り抜けていくような構図も見事だ。
作者のアクセル・ユングステットは、1878〜1883年にスウェーデン王立美術アカデミーで学んだのちに、フランス、ドイツ、スイス、イタリアに滞在して制作を続けた。同時代のスウェーデンの画家たちは、フランスの写実主義や自然主義を近代美術において特に重要と見ており、本作の画面にもその影響が現れている。
グレ=シュル=ロワンの豊かな自然と日常の輝き
自然主義やレアリスムを志向したスウェーデン作家たちは、パリから南東に位置するグレ=シュル=ロワンを目指した。カミーユ=コローや、ジャン=フランソワ・ミレーがバルビゾンで活動したように、屋外でありのままの自然を見つめることを志向したのだ。グレ=シュル=ロワンはアイルランド出身の作家が集うようになったことで名を馳せ、スウェーデンの作家や、黒田清輝や浅井忠など日本人も訪れ、芸術村を築いていった。

映画のように、大胆で臨場感ある画面だ。枯れかかった草が、画面の左半分を大きく占め、飛び立つカケスとこれから飛ばんとするカケスが描かれている。遠景の静まり返った森林とは対照的に、たおやかな幹と薄い葉の質感がリアルで、カケスの飛び立つ音が聞こえてくるようだ。リリエフォッシュは1883年にパリに向かい、その年にグレ=シュル=ロワンに滞在した。即興的な表現や灰色がかった画面は、フランスの自然主義絵画からの影響と見られている。

《4種の鳥の習作》の趣向を凝らした額縁は、リリエフォッシュ自らがデザインしたもの。日本の襖絵、屏風絵で用いられる「貼交(はりまぜ)」が意識されているという。鳥と草木の組み合わせは日本画も思わせる。草木の中で活動する鳥たちをとらえた一コマがリズム良く配され、鑑賞の悦びに満ちた作品となっている。

一見し、何をしているのか?と興味引かれる本作。まず額に貼られた布のようなもの。日本人的感性で受け取ると、お札のように見えなくもない。この布は、日除けに使われているのだという。手元の創作に集中する女性は、画家の婚約者で版画家のテックラ・リンデストゥルム。作業しやすいよう、本や小さな枕が積み上げられて高さをつくり、版木を削っている。こうした創作に向かう素朴な姿は、見る者に不思議なゆるみをもたらしてくれる。
フランスで活動していたスウェーデン作家たちは、1880年代末頃にはスウェーデンに帰国し始める。都会の喧騒への疲労や故郷への郷愁、そして何よりもスウェーデンらしい絵画の確立を目指したためだ。フランスで獲得した自然主義、レアリスムの手法を用いながら、画家たちは自らの家庭や、周囲の親密な存在に目を向け、飾り気のない、対象のありのままの魅力を描き始める。

スウェーデンらしい暮らしを描いた画家として代表的な画家がカール・ラーションだ。スウェーデン中央部に位置するダーラナ地方スンドボーンに居を構え、妻や子供たちとともに、開放的で創造的な生活を送った。
ダイニングルームが舞台の本作。温かで親密な空気に満ちているが、描かれたのは極寒の雪の日だったという。ラーションは、仲間たちをカードゲームに誘っており、その支度をする様子が描かれている。机にはカードゲームが準備され、左に置かれたティーカップが客人を歓迎する様子がうかがえる。娘たちはトレイに乗せた洋菓子を運ぼうとしており、右奥からこちらを振り返る妻カーリンは、ゲーム中に楽しむお酒の準備をしている。娯楽やおもてなし、日々を豊かにする工夫が随所に感じられる作品だ。

赤いソファに寝転がる子供。差し込む光。子供は手で影を作り遊んでいる。色数は多くないものの、その鮮明さ、澄み切った白と赤の輝きが大きな存在感を放つとともに、壁や床の微妙な色の変化も味わい深い。輪郭線がなく、溶け入りそうなにじみを有しながらも、きりりとした発色が心地よい。
ファンニ=ブラーテは、王立美術アカデミーで学んだのちにパリのアカデミー・コラロッシへ留学する。自然光の中で絵を描く外光派として画業を始め、家庭的な題材も描くようになっていった。
神話。幻想。精神。見えない世界を描く

(右)アウグスト・マルムストゥルム《フリッティオフの帰還》(エサイアス・テグネール『フリッティオフ物語』より)1880年代 油彩、カンヴァス
これらの作品は、北欧の歴史を題材にしてきたアウグスト・マルムストゥルムによるもので、スウェーデンの詩人で作家のエサイアス・テグネールの『フリッティオフ物語』に寄せて描かれた。色彩が抑えられた趣深い本作だが、実のところは印刷技術を考慮したことが背景で、作家の意図するところではなかったという。
『フリッティオフ物語』は、姫インゲボリと幼馴染のフリッティオフが結婚を望むが、身分の差により引き裂かれ、フリッティオフは島に追放されるなど多くの困難を乗り越えながら、勇敢な戦士へと成長し、インゲボリとの結婚を果たす物語。島へと追放されていくフリッティオフの身を案じ、柱に手を添え遠くを見つめるインゲボリ。肩には共にかわいがった鷹が乗り、手首にはフリッティオフと交換した腕輪が輝く。右側の作品は、帰還したフリッティオフが、姫の兄と弟の王子たちにより自身の館が焼かれていたことを知る場面である。

スウェーデンの水の精はネッケンと呼ばれ、民間伝承で語り継がれている。弦楽器フィドルを奏で、その音色で人々を魅了し、水の中に引きずり込むと信じられてきた。激流を瀬に、生々しい裸体で音を奏でる姿はどこか陶酔的で、表情には恍惚のような、苦悶のような忘我の境地が見受けられる。全体的に虚ろな印象を与える画面は、神話や目に見えない内面を描いた象徴主義と深く通じている。ヨーセフソンは、1870年代前半からネッケンを題材にすることを構想しており1880年代に3点の作品を完成させた。作家の内面の孤独、不安、恐怖がネッケンに象徴されていると見られている。
本作は当初、美術家連盟から「不気味さの極み」と評されたが、1893年にヨーセフソンがストックホルムで個展を開いた際に象徴主義の観点で注目を集め、以降、評価を高めていく。清浄で穏やかな絵画が多く見られる画壇において、こうした湿度のある、内面世界を開放するような作品は抵抗を呼んだのかもしれない。しかし、創作が生まれる土壌は、清浄な環境ばかりではない。スウェーデンに伝わる神話や伝承、自らの内面に果敢に向き合い、表現した作家たちの姿をしっかりと受け止めたい。



本展では、スウェーデン国立美術館も推進するスロールッキングという鑑賞法が音声ガイド(有料)で提案されている。「観る」喜びを知っているから、私たちは美術館に向かう。しかし、一つの作品を前に、どれだけ没入できるかは人によって異なるし、没入に慣れていない人もいる。音声ガイドから流れる絵画への問いかけが、作品世界に心ゆくまで浸る誘導をしてくれる。
スウェーデンの民俗的な主題に関心を寄せていたグスタヴ・アンカルクローナによる本作は、スロールッキングの入り口として提案されている作品の一つだ。2隻のヴァイキング船が、薄明かりの中、静かな川を進んでいく。白夜のスウェーデン、時間帯はいつ頃か、船はどこへ向かうのか、誰が乗っているのか、さまざまなことに思い馳せながら鑑賞したい。

アウグスト・ストリンドバリは、スウェーデンを代表する劇作家、文筆家であり、画家としても数多く作品を残した。思考の跡が残るような、独自の精神性を伝える世界を描いている。
木々の深みの中心に輝く水面のような、青空のような色彩。その下方で輝く花々。「ワンダーランド」と題された本作の主題は「鬱蒼とした森」。ストリンドバリは本作を、より高次な解釈として、「ワンダーランド、光と闇の闘い」と記している。その視点で画面に見入ると、色彩のうつろい、しぶき、それらがせめぎ合い、変容していくような感覚となり、目が離せなくなっていく。ストリンドバリが残した論文によると、中央のイメージは「洞窟」と考えられている。洞窟は作家がしばしば使うモティーフで、変容、あるいは想像の源という見方がされている。

ストリンドバリはカール・ラーションと深い交友を結んだ。ラーションは1870年代にストリンドバリに出会って以来、10年にわたり彼の著書に挿絵を描いてきた。本作はラーションがストリンドバリを描いたものだ。ストリンドバリの険しい表情とは対照的に、木炭で描かれたラーションの優しい筆致が印象深い。瞳や唇へ淡い色が足されており、やわらかく、親密な空気をかもしている。

水辺、山並み、黄昏の光。画家たちが愛し続けたスウェーデン

まどろむように流れる川、積もる雪と樹木、夕暮れの光が水面に揺れている。陽の光と白い雪の輝き。これほどやわらかく、水面を優しい黄色に染めるものか。そのたゆたうような川の揺れに合わせ、体が弛緩し、緊張がほぐれていく。
グスタヴ・フィエースタードは、王立美術アカデミーで学び、ブリューノ・リリエフォッシュや、カール・ラーションの助手を務めた。フィエースタードの自然を見る鋭い視点はリリエフォッシュに、自然を装飾的モティーフに転換する視点はラーションに通じると見られている。これらの融合が、フィエースタード独自の神秘的で優美な詩情性を宿している。
フィエースタードは冬のスウェーデンを繰り返し描き続けた。冬のアウトドアも好み、スピードスケートの名手でもあったという。
日が暮れても優しい光が差し続け、牧草地、穏やかな湖水を照らすスウェーデンの風景。画家たちが自国の輝きを伝えるために尽力し、至った独自の表現は、その輝きをさまざまな姿で届けてくれる。



当時の国王オスカル2世の末子のエウシェーン王子は、芸術の才を高く発揮した。夏はストックホルム南部のティーレスウーの宮殿に滞在し、絵画制作に打ち込んだという。ティーレスウーで描かれた本作は、夏のスウェーデンで見られる黄昏時の陽の光が繊細な輝きをもたらしている。遠くにじむ陽光が、たっぷりと浮かぶ雲を繊細に染め上げている。水面は、陽光に呼応するようにほのかな輝きを見せる。静寂と光が見る者を包む。
豊かな自然、日常の輝きに満ちたスウェーデンの空気を受け取りに
日本から遠く、スカンディナヴィア半島に位置するスウェーデン。未だ訪れたことはないが、お隣のフィンランドを旅したことがある。滞在中、北欧の気候、白夜、自然の美しさに心身が深くゆるんでいくのを感じた。本展を通じて、そうした北欧のやわらかな空気が画面からもたらされるようで、実に心地よい鑑賞体験だった。
自然とのつながりが深く、独自の神話が存在する点では、日本とも似通った点が多いと感じる。スウェーデンの自然や伝承、生活に向き合いながら、作家独自の視点で丁寧に描かれてきた作品群。絵画を介して、その土地の空気や、暮らしの営みに想い馳せたい。

展覧会情報
| 会期:2026年1月27日(火)〜4月12日(日) 会場:東京都美術館(東京都台東区上野公園8-36) 開室時間:9:30〜17:30 ※金曜日は20:00まで。入室は閉室の30分前まで 休室日:月曜日 Webサイト: https://www.swedishpainting2026.jp/ |