鳥。花。そして野菜。江戸時代の絵師・伊藤若冲(1716〜1800)が生けるものに向けた慈しみに満ちたまなざしは数々の名作を生み出し、現代まで多くの人々の心をつかんできた。そんな若冲の初期から晩年までの作品に対峙できる展覧会「若冲にトリハダ! 野菜もウリ!」」が、京都嵐山にある福田美術館で7月5日(日)まで開催されている。
中でも注目されるのは、色とりどりの野菜が描かれた巻物作品だ。2023年にヨーロッパで所在が確認され、2024年に福田コレクションに加わり修復を終えた《果蔬図巻》(かそずかん)と重要文化財《菜蟲譜》(さいちゅうふ)が共に展示される(6月20日(土)~ 7月5日(日))。この度展覧されている名品をたどりながら、若冲芸術に迫りたい。
若き日の細密描写。鳥、植物へ向けられた鋭いまなざし

若冲作品の代表格である鶏。本作は30代の若き日に描かれた最初期の作品だ。その羽は異様なほど緻密に描き込まれており、細部まで神経を研ぎ澄ませて臨んだことが窺える。下方へひねる頸。躍動的な尾っぽ。鶏に呼応するように生々しい動きを見せる大根の葉。対象を鋭く見つめ、眼に焼き付けなければ生まれない光景である。右下に丸まった黒い鳥が、対照的に鎮座している構図も巧妙だ。

鶏と花々の共演も見事である。身を屈めて餌をついばむ鶏の羽は、白い筋で一つひとつ華やかに際立っている。羽と協奏するように地から凛と伸びる草花、右にあるごつごつした石は「大湖石(たいこせき)」と呼ばれ、穴が空いた複雑な形をした中国由来の石だ。大湖石と絡み合うように、サザンカが可憐に咲き誇る。ともすれば過多になりうるモティーフ群が、画面の中で絶妙に調和している。さらに若冲作品に多く、鶏の頭に見られる鮮烈な赤が本作を引き締め、より華々しい風情に仕上げている。こちらは若冲が40代初期に描かれた作品である。
白の表現、微細な松の葉が目を引く《老松白鶴図》も同時期に描かれたもので、いずれも絹本に着色されている。



こちらは墨のにじみを駆使した「筋目描き」が映える《蛇図》。筋目描きとは、水分を含んだ墨を筆で描き入れると生まれる筆触間の白やにじみを、絵画表現に生かす若冲の独自技法である。筋目描きで描かれた細やかな表現が見られる胴体と伸びやかでユーモアあふれる顔のコントラストは、若冲芸術の振り幅の大きさを表すようだ。

そそりたつ岩の左奥にはひっそりとした楼閣が。
楼閣には筋目描きが用いられている

若冲が描く構図は余白が効果的に取られている。デザイン的な洗練美を感じさせる洒脱な作品群も見逃せない。鶴。霊獣「霊亀」。龍。鳳凰。それぞれ、とても愛嬌のある表情を見せている。若冲の視点の置き方、目の表情、線、筋目描きなどの技法にも着目しながら鑑賞したい。

《果蔬図巻》と《菜蟲譜》。色とりどりの食材が織りなす命の協奏
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若冲は京都の中心地、錦市場の青物問屋に生まれ、後継者として野菜を卸していた。40歳から次弟に家業を託し、画業に打ち込み始める。それゆえ、野菜に傾けられる独自視点は特に趣深く、描かれる姿はさながら生き物のようである。本展の大きな見どころは、若冲の晩年の代表作であり、野菜や果物が描かれた巻物として類似点が多い《果蔬図巻》と《菜蟲譜》を共に鑑賞できる点だ。
《果蔬図巻》は約3メートルの絹本に色とりどりの野菜と果物が心地よく並ぶ。キクダイダイ、柚子、シイの実、スダチ、クワイ、桃など、その数は51点に上り、多種多様な食材が、やわらかく自然な色合いで描かれている。本作の末尾には、若冲の精神的支柱であり、最大の理解者であった相国寺の僧侶・梅荘顕常(大典)による後書き、跋文(ばつぶん)が記されている。


梅荘顕常(大典)による跋文
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《菜蟲譜》は《果蔬図巻》の翌年に描かれた作品で、国の重要文化財に指定されている。《菜蟲譜》の長さは11メートルにわたり、描かれる食材の数はさらに増え、159点に上る。キノコや栗、蝶、蛙など、動植物たちが織りなす世界は、温かな命の躍動を感じさせる。ウドやブドウ、ビワ、トウガン、カボチャなど、《果蔬図巻》と共通する食材も多数描かれ、最後の野菜は同じトウガンで締めくくられている。
現代とは少し風情が異なる食材たちを眺め、その色、形の個性を鑑賞していると、身近な食材に、新たな美が見出されていく。また、これらの命により栄養を授けられていることにも感謝の念が湧き上がってくる。
一見何だかわからない食材は、上部にある解説パネルで確認が可能だ(不明なものもあり)。なお、重要文化財《菜蟲譜》は4月25日~5月8日、6月20日~7月5日と展示期間が定められている。




〜6月19日(金)のみ展示_1-scaled.jpg)
《菜蟲譜》が展示されない期間は、初公開となる《果蔬涅槃図》が出展されている(5月9日~6月19日展示)。若冲作品において同名の代表作はよく知られているが、本作は近年存在が確認され、この度展示の機会を得た。釈迦涅槃図を模して野菜の像が描かれた実にユニークな作品で、若冲の命への深い洞察を見ることができる。
中心に横たわる大根。周囲に集い見守るような、多種多様な野菜たち。大根は仏教、禅と縁深い存在であり、毒を抜き、心身を清浄にする存在と見られてきた。釈迦に通ずるモティーフという見方もあり、若冲の信仰心、宗教観に思い馳せる重要な作品だと言える。墨の濃淡、軽妙な線により繰り広げられる、豊かな擬人表現を存分に味わいたい。

同じ展示空間には明和4年(1767)、若き日の若冲が、深い親交のあった大典と共に京から大坂へ淀川を舟で下りながら見た風景を描いた《乗興舟》も出展されている。若冲の絵に大典の歌が添えられた、旅の足跡を伝える巻物作品だ。花鳥画の細密描写を原点とする若冲には珍しい風景画であり、巻物の特性を存分にいかした広い画面から、のどかな風景の変容をたどることができる。モノトーンで木々、建物、鳥居、船などが選別して描かれ、研ぎ澄まされた印象を与えるとともに、心許せる相手と川を下り、陸を眺めるくつろいだ雰囲気も醸している。
本作では、凸版の絵をつくり、へこんだ部分に紙を押し当てて擦り、白い絵を写し取る「拓版」の技法が用いられている。

若冲と同時代を生きた絵師たちの個性あふれる作品も
18世紀に入り経済が発展していくと、武士や公家、豪商のみが楽しまれていた美術が広く大衆にも親しまれるようになる。大勢の人々の要望に応えるため、代々画家を生業とする絵師だけでなく、農民や武士、商家出身など、多様な出自の画家が現れ始める。
最後の展示室では、若冲と同時代を生きた、商家出身の曽我蕭白(1730〜1781)、農民出身の円山応挙(1733〜1795)とその弟子で武家出身の長沢芦雪(1754〜1799)など、個性に富んだ絵師たちの作品も目にすることができる。円山応挙を筆頭に写生が注目され、若冲を含め「奇想の画家」と称される作家性の強い絵師が多数現れたこの時代。各々の作家たちが見据えた世界を若冲作品と併せて味わいたい。



眼を見張るほどの精緻な描写、角の滲みが織りなす筋目描きの妙、メリハリの利いた構図、随所に垣間見えるユーモアなど、若冲芸術の器は大きく底が知れない。多彩な作品に触れることで、通底する若冲の生き物への慈しみ、美への飽くなき追求を感じることができるだろう。初めて若冲を体験する方にとっても、稀代の絵師について認識を深める上で重要な足がかりとなるはずだ。本展は7月5日(日)まで。若冲作品はもちろん、当時の生活や、同時代を生きた絵師たちにも視線を伸ばせる本展を堪能しに、嵐山へ出かけてみてはいかがだろう。
参考文献:
『伊藤若冲作品集』太田 彩 東京美術 2015年

| 会期:2026年4月25日(土)~ 2026年 7月5日(日) 前期 2026年4月25日(土)~ 2026年6月1日(月)※終了 後期 2026年6月 3日(水)~ 2026年7月5日(日) 【重要文化財 菜蟲譜 の展示日程】 2026年4月25日(土)~ 5月8日(金) ※終了 2026年6月20日(土)~ 7月5日(日) ※《果蔬図巻》《菜蟲譜》共に、展示期間中は巻替えをせず、全場面を鑑賞可能 場所:福田美術館 (京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町3-16) 開館時間: 10:00〜17:00(最終入館 16:30) 休館日:設備点検6/16(火) Webサイト:https://fukuda-art-museum.jp/exhibition/202512264487 |