ルネサンス以降の西洋美術史の流れをたどることができる展覧会「西洋絵画、どこから見るか? -ルネサンスから印象派まで サンディエゴ美術館 VS 国立西洋美術館」が、国立西洋美術館で6月8日(日)まで開催されている。サンディエゴ美術館と国立西洋美術館のコレクションを中心とした88点が展示。企画名に「VS」とあるように、2つの美術館において共通のテーマを持つ作品が組み合わせて展示されている。複数の作品を並べ観ることで、時代や画業における作品の位置付けや、画家の人物像を掘り下げようという狙いだ。

アメリカの西海岸サンディエゴは、スペイン人が開拓した都市。サンディエゴ美術館には、ヨーロッパの古典絵画が豊富にコレクションされており、本展で展示される49点全てが日本初公開となる。ジョルジョーネ、エル・グレコ、スルバラン、フアン・サンチェス・コターン、ルーベンス、ブーグロー、ドガなど、時代横断的に西洋美術の著名作家の作品を鑑賞できる。描かれる題材や、表現方法がどのように変遷を遂げていくのか追っていきたい。

ルネサンス期の宗教画を比較鑑賞

14世紀から16世紀にかけてイタリアで起こった文化運動ルネサンスは「再生」を意味し、人々は古代ギリシャ=ローマの文化・文明を再興させようとした。カトリック教会が強大な力を持ち、国家として支配していた中世を経て、ルネサンス期の人々は人間中心的な世界観への転換を目指した。現実社会や人々の個性、精神を重んじ、探究していく。中世に発展した宗教画はより人々の暮らしに沿う形で受け継がれ、信仰は絵画の中心的な主題であり続けた。聖堂にとどまらず、家庭における個人的な信仰のために、数多くの宗教画が制作された。

アンドレア・デル・サルト《聖母子》1516年頃、油彩/板、国立西洋美術館
カルロ・クリヴェッリ《聖母子》 1468年頃、油彩/板、サンディエゴ美術館 © The San Diego Museum of Art

どちらも聖母子を描いた絵画だが、まず、重量が違う。カルロ・クリヴェッリの作品は、どこか記号的な、石像のように不動な聖母子が描かれる。頭上の光輪も物質的で、硬質な重さが感じられる。一方で、アンドレア・デル・サルトの聖母子は、動きが軽やかで、やわらかい。頭上の光輪も極めて細く、重さを感じさせない。子育て中の母と子を描いたような自然な関係性が見て取れる。クリヴェッリの作品のイエスは大人さながらのまなざしを見せているが、サルトの作品では、今にも赤子が駆け出していきそうだ。2作の間には約50年の時があり、ルネサンス期の潮流の変遷に思い馳せることができる。

展示風景より
展示風景より
北方ルネサンスの画家イーゼンブラントによる聖母子画。無機質な空気感とイエスの大人びた佇まいが怪しい魅力を見せる

空気まで描く無比の画家ジョルジョーネ

ジョルジョーネ《男性の肖像》1506年、油彩/板、サンディエゴ美術館 © The San Diego Museum of Art

ルネサンスの礎を築いたヴェネティアの画家・ジョルジョーネ。その写実性の高さは言わずもがな、瞬間をとらえたような男性の微妙な表情に見入ってしまう。人物がまとう空気まで写し取られ、今にも話し出しそうである。あるいは、口をつぐんだ直後だろうか。男性のわずかな躊躇、疑い、緊張も感じられる。ぜひ作品を前に、人物の存在を肌身に感じてほしい。まぎれもなく必見作品だ。
目で見る世界より高精細な画像であふれる現代、ソフトフォーカスな写真が存在感を放つのは、空気感や存在の奥行きを見せてくれるからだろうと実感する。

また、ティツィアーノが晩年に描いた《洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ》や、ティントレットの男性像、ヒエロニムス・ボスによる《キリストの捕縛》など、作家の特色が強く現れた名品が多数展示されている。

パオロ・ヴェロネーゼ(パオロ・カリアーリ)《アポロとダフネ》1560-65年頃 サンディエゴ美術館

中でも強く心惹かれたのは、パオロ・ヴェロネーゼの《アポロとダフネ》だ。ローマ期の詩人オウィディウスの『変身物語』などで描かれた悲恋の物語で、終盤、アポロから逃げるダフネは川の神であり父のペーネイオスに懇願し、月桂樹へと変身する。

本作では、ダフネが月桂樹へ変身していくさまが鮮明に描き出されている。腕が枝になり、足が大地に根を張っていく。けれどそこに違和はなく、色、形態が見事に融合し、詩情性に満ちたメタモルフォーゼへと昇華されている。
人間よりも植物の方が愛情深いと感じることも少なくない。悲恋としてでなく、より大局的な愛の物語として見つめてみるのも一興かもしれない。

重厚なリアル。スルバランによるバロック期の宗教画

展示風景より

16世紀スペインの宗教画家フランシスコ・デ・スルバランの宗教画は圧巻だ。対象が克明に、等身大以上の姿で描かれた大作に目を奪われる。厳粛な聖人たちの絵画は、人々に一目で信仰の姿勢を伝える役割を果たした。スルバランが活動した時代は、宗教施設の発展と重なり、本作のような宗教画が数々の祈りの場へ届けられていたのだ。

出展作品の中でも強烈な印象を放つのは、中央に配された《聖ドミニクス》だ。本作は、1626-27年、セビーリャで初めに注文を受けて制作した作品だという。聖ドミニクスが手を合わせ、頭上高く、天を眼差している。その表情は、神とつながろうとして昇天しかかっているような、いささか危うい恍惚感がある。また、左下の松明をくわえた犬、右側の白百合、左背後に映る人影のような闇など、随所に暗喩が施されている。画家が二十代の頃に手がけた本作は、細部まで隙のない緊張感に満たされている。

展示風景より

スルバランの作品と同じ空間に、巨匠エル・グレコの宗教画も展示されている。引き伸ばされた体はすでに作家性に富み、一目でグレコの作品であることを伝える。悲痛さを伴う表現は、キリストの悲劇に同調し、より深淵な信仰の世界へ誘う。

フアン・サンチェス・コターンが切り拓いた静物画の新境地

フアン・サンチェス・コターン《マルメロ、キャベツ、メロンとキュウリのある静物》 1602年頃、油彩/カンヴァス、サンディエゴ美術館 © The San Diego Museum of Art

16世紀トレドで活動した宗教画家フアン・サンチェス・コターンが制作したこちらの静物画は、本展のハイライト作品だ。謎めいた構図の中で、白く光るメロン、無造作に置かれたキュウリ。今にも揺れ動きそうなのに、不気味なほどひっそりとした静止が際立つ。吊り下げられたマルメロ、キャベツに影はない。闇の中で息を潜めるような、張り詰めた空気が漂う。本作は、画家の好奇心、意図をもって描かれた世界であると考えられている。静物を見たまま写実的に描く姿勢から脱却した実験的な作風は、後世の画家たちへ強い影響を与え続けている。

フランシスコ・デ・スルバラン《神の仔羊》 1635-40年頃、油彩/カンヴァス、サンディエゴ美術館 © The San Diego Museum of Art

手足を結われた子羊が石台の上で身を伏し、生贄に捧げられている。子羊の頭上には、光輪がひっそりと光り、子羊が聖なる存在であることを伝える。子羊はイエスの犠牲を象徴している。スルバランは同じ題材で、少なくとも7点の作品を描いたという。犠牲を受け入れ、身を預ける姿。静物として描かれた子羊は生々しく、敬虔な信仰というよりも、諦念、虚無に見舞われていく。

カラヴァジズムの波及。旧体制への反抗

(左)バルトロメオ・マンフレーディ《キリスト捕縛》1613-1615年頃 国立西洋美術館
(右)ジュゼペ・デ・リベーラ《スザンナと長老たち》1615年頃 サンディエゴ美術館

旧態依然とした信仰に疑いをかけた代表的存在が、バロック期のイタリアの画家カラヴァッジョだろう。迫真の筆触で、対象を鋭く写実的に描き、従来の宗教観に揺さぶりをかけ続けた。カラヴァッジョの死後、その画風を模倣するカラヴァジズムが大きな流行になったという。本展ではカラヴァジズムの代表作を鑑賞できる。

カラヴァジズムの原動力と見なされているのがバルトロメオ・マンフレーディで、ユダの裏切りが描かれた《キリスト捕縛》にはその特徴がよく現れている。ユダがキリストにキスをするシーン。その合図を受けて、兵士たちがキリストを捕える。背景は漆黒。闇に同化するようなユダの黒い目に尊敬はなく侮蔑の色が窺える。2人を取り囲む兵士の保安帽が不穏に光り、ユダ、キリストの肌にも光が添えられ、実体をもって生々しく迫ってくる。

カラヴァジズムの波及に関わったジュゼペ・デ・リベーラの作品は、旧約聖書にあるスザンナの水浴を題材にしている。水浴を好む美女スザンナを後ろから覗き見する2人の長老。彼らはスザンナに関係を持たなければ不貞を訴えると脅すが、スザンナは屈せず2人を退ける。怒った長老はスザンナを姦通罪で訴えるが、預言者ダニエルにより長老たちの罪が暴かれる。「ユダの接吻」と同様、多くの画家が手がけてきた題材だ。本作では、ハンナの光る白い肌と背後の老人2名の対比が印象深い。闇から忍び寄る老人の笑いは、極めて醜悪に描かれており、まざまざと人の強欲さを見せつける。

カラヴァジズムも後押しし、画家たちは聖書や神話上の人物の弱さや欺瞞を真っ向から描き、観る者に突きつけた。その原点には、お仕着せの宗教観への抵抗や、価値観を脱ぎ捨てようとする作家個人の感性の萌芽があったと言えるだろう。

展示風景より
フランドルの宮廷画家ルーベンスが手がけた大作

個人の感性が表現されていく一方で、モニュメント的な絵画も制作され続ける。本展では、フランドルの宮廷画家として名高いルーベンスの大作にも対峙できる。朝廷に仕える外交官でもあったルーベンスは、知識に富み、愛情深く、日常の尊さを愛でる感性も持ち合わせていた。大作と同時に楽しみたいのは、ルーベンスが描いた子どもの絵だ。ルーベンスは、体の小さい大人としてでなく、ありのまま子どもの姿をとらえた初めての画家の一人とも考えられている。自身の子どもたちの寝入る姿が活写された《眠る二人の子ども》の愛くるしさは見逃せない。

展示風景より
(左)ヤーコプ・ファン・ロイスダール《樫の森の道》国立西洋美術館
(右)ヤーコプ・ファン・ロイスダール《滝のある森の風景》1660年頃 サンディエゴ美術館

風景画にも、個人の感性が映し出されていく。こちらは17世紀のネーデルランド(オランダ)の画家ヤーコプ・ファン・ロイスダールによる2作品。《樫の森の道》では、落雷によって緑を失い朽ちた木が中央に据えられており、《滝のある森の風景》では、前景で嵐を予感させるような激しい滝の流水が描かれている。よく見ると、2作ともに豆粒のようなサイズの人物を確認できる。曇天下の厳かな自然と小さな人物の対比に、ロイスダールの創作意図が強く現れているように思われる。

18世紀。リアルと幻想の風景画、女流画家たちの活躍

ベルナルド・ベロット《ヴェネツィア、サン・マルコ湾から望むモーロ岸壁》 1740年頃、油彩/カンヴァス、サンディエゴ美術館 © The San Diego Museum of Art

水の都・ヴェネツィアが描かれた本作。たゆたう水、ふわりと浮かぶ雲はあまりに自然で、当時の人々と同じ風景を見つめている心地になる。淡い空や、たゆたう水が印象深い一方、建物や船の影など、細部まで鋭い陰影が施されており、高画質の写真のようにソリッドだ。写真が存在しなかった当時、こうした風景画を求め、人々は胸にヴェネツィアをとどめたのだろう。

間近に作品を見つめると、水上に模様のように白い線が流れており、はっきり筆のタッチまで認められるが、遠目に観ると水面の輝きそのものとなる。視覚効果を緻密に計算されていることが窺える。また、本作の魅惑的な街並みは、建物の形や高さ、遠近感などが、現実とは異なることが明らかにされている。街の美を惜しみなく引き出すため、ベルナルド・ベロット自身の手で演出を加えていったことを想像すると興味深い。

ユベール・ロベール《マルクス・アウレリウス騎馬像、トラヤヌス記念柱、神殿の見える空想のローマ景観》1786年、油彩/カンヴァス、国立西洋美術館

フランスのユベール・ロベールの作品では、空想上のローマの景観が描かれている。奥には青い煙が上がり、黄みを帯びた神殿は、どこか廃墟のような様相を呈する。空に立ち上る淡い紅に染まった雲は幻想へ誘うようだ。地上では思い思いに過ごす人民の姿が描かれている。高く屹立するトラヤヌス記念柱が古代と現代を地続きにつなげる。画家の豊かな空想力により立ち上がった世界に没入していく。

展示風景より
展示風景より

18世紀にフランスで開花したロココ美術。当時の優雅な暮らしぶりが垣間見える風俗画も展示されている。本作では、男女の親密な距離感が描かれ、眠りに落ちる女性を男性が見つめている。リラックスした人物の表情が心和ませてくれる。

マリー=ガブリエル・カペ《自画像》1783年頃、油彩/カンヴァス、国立西洋美術館

ロココ調の上品な青のドレスに身を包んだ女性は、チョークホルダーを手にしている。利発そうな瞳が輝き、自信に満ちた表情でこちらに微笑む。18世紀フランスの女流画家マリー=ガブリエル・カペは、自身の美貌、そして内面の強さを描き出し、パトロンたちにその画力を売り出した。カペの愛らしい魅力はもちろん、当時の女性のたくましさを感じさせる一作だ。

マリー=ギユミーヌ・ブノワ《婦人の肖像》1799年頃、油彩/カンヴァス、サンディエゴ美術館 Ⓒ The San Diego Museum of Art

カペと同世代の女流画家マリー=ギユミーヌ・ブノワによる本作。白いドレスを着た女性がショールに手を添え、彼方を力強く見据えている。ブノワはナポレオンの絵画などで著名なジャック=ルイ・ダヴィッドに師事した。本作のモデルが古代風の装いをしているのは、師が推進した古典古代の美術に規範を求める新古典主義美術が根底にあるようだ。

展示風景より

ブーグロー、ドガ、ソローリャ作家の個性が際立つ19世紀

ウィリアム=アドルフ・ブーグロー《小川のほとり》1875年、油彩/カンヴァス、国立西洋美術館(井内コレクションより寄託)

フランスの画家ウィリアム=アドルフ・ブーグローによる本作は、自然と少女の原生的な美が深く調和している。赤い花冠をかぶった黒髪の少女。額の産毛や眉周りまで鮮明に描写されており、どこか野生的な魅力を放っている。ひざの上に足を乗せたリラックスした姿は、観る者の心を解きほぐしてくれる。皮膚の表現は見事で、首回りの線や、足をつかむ指、爪、血色や微妙な指の動きまでも活写され、少女の身体感覚が伝わってくるようだ。
19世紀後半のフランスは、印象派などの新しい波が起きる中で、ブーグローは、古典的な絵画に根差し続けた。

展示風景より
展示風景より

風刺画を多く描いたフランスのオノレ・ドーミエの作品。一般市民が観劇をする様子と、観劇後の様子が、特定の人物にフォーカスすることなく、暗い色調で描かれる。人物の表情が明確に描かれないからなのか、物言わぬ存在感が増し、観る物の想像力をかきたてる。

展示風景より

人物の表情を描かない点は、フランス印象派の画家エドガー・ドガの作風にも通ずるところがある。踊り子の絵でよく知られるドガは、水浴する女性も多く描いた。ドガ特有の淡い色合いで描かれる女性の背中。自身の体を洗いながら内観するような、ひめやかな空気が流れており、心が鎮められる。

ホアキン・ソローリャ 《ラ・グランハのマリア》 1907年、油彩/カンヴァス サンディエゴ美術館 © The San Diego Museum of Art

スペインの画家ホアキン・ソローリャの長女マリアが陽光の下を歩いている。衣服や日傘、地面が流れるようなタッチで描かれ、左上から右下へ、対角線上に歩を進める躍動感。木漏れ日を受けて光る地面がまぶしく、画面全体を引き立てている。

展示風景より

作家性の解放。先人たちの挑戦を目に焼き付ける

ルネサンスから20世紀初頭の西洋美術史をダイジェストで追えるこの度の展覧会。その流れをたどっていくと、ひとえに作家性が解放されていく歩みでもあったように読み取れる。既存の概念から脱却し、あるいは流行に左右されずに、自らの作風を確立してきた先人たちの表現に触れることは、自身の創造性を発揮する上で大きな後押しとなるだろう。また一方で、現代では題材とされにくくなった宗教画の祈りの世界にも深く感じ入った。祈りという行為は、今後、創造において一つの鍵になる気がしている。祈ること、深い瞑想状態に入ることは、本来の自身に還ることでもある。
ぜひ会場で、数々の名作に対峙し、感覚がどのように変化していくのか味わってみてはいかがだろう。

展覧会情報

西洋絵画、どこから見るか?
-ルネサンスから印象派まで サンディエゴ美術館 VS 国立西洋美術館
会期:2025年3月11日(火)―2025年6月8日(日)
会場:国立西洋美術館[東京・上野公園]〒110-0007 東京都台東区上野公園7-7
開館時間:9:30 〜 17:30(毎週金・土曜日は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、5月7日(水)
(ただし、3月24日(月)、5月5日(月・祝)、5月6日(火・休)は開館)
Webサイト:https://art.nikkei.com/dokomiru/
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