今回取り上げるのは、初期オルタナティブ・ロックの代表的バンド「Pixies(ピクシーズ)」。アメリカ・ボストンで1986年に結成。Pixiesが影響を与えたアーティストは数えきれず、カート・コバーン(ニルヴァーナ)、トム・ヨーク(レディオヘッド)、デヴィッド・ボウイ、ストロークスなど、錚々たるアーティストに熱く支持されてきた。日本では、Pixiesの系譜を継ぐアーティストとしてナンバーガールがよく知られている。
2004年の再結成以降、Pixiesは数度来日しており、2025年11月に3年ぶりの来日が決定している。今から公演を期待するファンも多いだろう。ここでは、Pixiesの楽曲の世界観に触れながら、初期の楽曲「Brick Is Red」にフォーカスしていきたい。

(楡 美砂)

Pixiesについて

アメリカ・マサチューセッツ州ボストンで1986年に結成。1986年結成当時のメンバーは、ブラック・フランシス※(Vo/Gt)、ジョーイ・サンティアゴ(Gt)、キム・ディール(Vo/Ba)、デイヴィッド・ラヴァリング(Dr)。
1987年、イギリスの名門レーベル・4ADからミニ・アルバム『Come on Pilgrim(カム・オン・ピルグリム)』でデビュー。1988年、ファースト・フルアルバム『Surfer Rosa(サーファー・ローザ)』をリリースし、イギリスを中心に高い評価を得る。さらに『Doolittle(ドリトル)』(1989年)、『Bossanova(ボサノバ)』(1990年)と名盤を発表し、世界的にその名を広めた。キム・ディールの脱退を経て1993年に解散。2004年に再結成。2013年にキム・ディールが再び脱退したが、メンバー変更を重ね、現在も第一線で活動を続けている。
※現在は「フランク・ブラック」の名義で活動

【Pixies 来日公演情報】
〈大阪〉
2025年11月2日(日)Gorilla Hall Osaka
開場・開演:OPEN 17:00 / START 18:00
〈東京〉
2025年11月4日(火)・5日(水)EX Theater Roppongi
開場・開演:OPEN 18:30 / START 19:30

狂気の果てに、澄みわたる空。フランシスの絶叫とディールの天使の声

Pixiesの楽曲は、狂気の先に、いつも青空が広がる。青空の下、気が触れたように絶叫するフランシス。骨に直接響くようなシャウト。救いがないほどの狂気を歌いながら、同時に途方もない希望を感じさせる。神の下で悪ふざけをするような、信仰の片鱗がのぞき見える。なにせ、ディールの歌声は、どうあっても天使の響きだ。「妖精」を意味する「Pixie」を彼らが名乗るのは一見すると不似合いに映るが、神秘の森を彷徨い続ける彼らは、毒気のある妖精そのものかもしれない。

Pixiesの曲は強弱、緩急がはっきりしている。骨がある。ぐにゃぐにゃしていない。どれだけ陰鬱でも、立脚し、跳躍する力がある。やまない初期衝動。ソリッドなギター音。ビリビリと電流を放ち、リスナーを覚醒させていく。

「Bone Machine」(Live At The Cabaret Metro, Chicago ’89) ファースト・フル・アルバム『Surfer Rosa』のオープニングナンバー
ひずんだギターの轟音。音の隙間に響くフランシスとディールの声。まさに骨に感電するような名曲。「君は僕を裏切る時、とてもきれい」と繰り返し、「君の骨には小さな機械がある」と歌う。

「The Holiday Song」 デビュー・ミニ・アルバム『Come On Pilgrim』に収録
追憶の彼方に連れていく、疾走感あふれる楽曲。「座って、悪い息子よ。話を聞きなさい」「栄光から転落した少年について、彼がいかに邪悪だったかについて」という歌い出しから始まる。

「Debaser」 セカンドアルバム『Doolittle(ドリトル)』のオープニングナンバー
ルイス・ブニュエル監督『アンダルシアの犬』(1929年)に触発され、生まれた楽曲。「Slicing up eyeballs(目玉をくり抜く)」「俺はアンダルシアの犬」と映画を想起させる歌詞が歌われる。狂気の叫びが清々しい空に轟く、Pixiesの代表曲。

「Brick Is Red」 私を吊し上げて

Pixiesの名曲は数えきれないが、ここではファースト・フルアルバム『Surfer Rosa』に収録された「Brick Is Red」の世界に没入したい。『Surfer Rosa』は、オルタナティブ・ロックの数々の名盤(ニルヴァーナの『In Utero』など)を世に送り出した名エンジニアのスティーヴ・アルビニが手がけている。個人的にはPixiesの数ある名盤の中でも特に好み、筆頭に聴き続けてきた。もっともポピュラーで聴きやすいのはセカンドアルバム『Doolittle(ドリトル)』という印象だが、『Surfer Rosa』は、バンドの初期衝動、颯爽とした狂気、気高さが全編に漂う。
「Brick Is Red」は本作の終曲に置かれている。


饒舌にうなるギター。フランシスの鋭い声に重なる、ディールの伸びやかな声。
冒頭のノイジーなギター音は、さまざまな情景を連れてくる。
川の中に潜り込む男。その水にはギター音が響きわたっている。深く潜り、顔を出す。深く潜り、潜り、顔を出す。息が上手くできない。水面が陽光に照らされている。

「魚は速い」「白い月は熱く、逆側はそうじゃない」
脈絡のない歌詞は、確実に楽曲の世界を構築していく。そして叫ばれる「Hang me!」
その意味を知った時、切実な叫びに打たれたことをよく覚えている。
「Hang me!(私を吊し上げて)」 「Hang me!(絞首刑にしてください)」
フランシスとディールは幾度もそう叫ぶ。
最後に「私の目はきれいな氷の色」と歌い、そのまま終わってしまう。
たった2分。ナイフで切り裂かれるような、恐るべき楽曲だ。
読者の方々には、どのような光景が浮かぶだろうか。

Pixiesの歌詞は、しばしば「文学的」と評される。音楽の歌詞が「文学的」と表現されるのは珍しくなく、中には安易に多用されていると感じる時もある。しかし、Pixiesの楽曲に描写される世界、言葉には、確かに文学的広がりがある。


今回はオートマティスムとして、自身が過去に執筆した小説から、この楽曲に通じる一部を引用したい。本作は、Pixiesの「Brick Is Red」がなければ生まれなかったものだ。当時の私は、今よりもっと音楽的だったのだろう。音に乗った感覚があちこちに浮遊し、ただそれだけ、音をたよりに言葉を記していた。骨がなかった(だから、Pixiesを聴いていたのか?)。その分、身軽に、オートマティスム的実践をしていたように思える。
小説は、先のない関係と知りつつ刹那的にその世界に安住しようとする若者たちを描いたもので、二人の主要人物がいた。「N」と「I」としている。

[Automatisme]

それは、口にすればするほど良かった。不純物が削ぎ落ちていく感じがした。
二人は空に向かって声を上げ続けた。

ハーングミー ハァァーングミー ハァァァァーングミー

 つぎはぎのコンクリート。雨が飛び跳ね、亀裂を流れていく。
雨はNの幻めいた化粧も、自尊心も溶かしていった。
雨に濡れたIの髪。顎筋に滑り落ちる水滴。忘我のまなざし。
NはIの受け入れがたい美しさに酔いしれながら、穏やかに訪れる関係の終わりを予感していた。

 高揚はいっときのものだ。二人揃えば簡単に感動もできるし、激昂もできる。
雨の中の邂逅は、未来でなく瞬間に陶酔した二人の皮相を重ねる、恰好の遊戯だった。

[音楽のオートマティスム01]Blonde Redhead “Chi É E Non É” 閉ざされた庭園でくつろぐ時間

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